近年は、インターネットや書籍を使えば、簡単に世界のトップチームやトップレベルの選手がやっている練習方法を調べられます。
一方で、トップレベルが取り組んでいるような練習をしているにも関わらず、なかなか成長できなかったという経験もあるのではないでしょうか?
実は、練習に取り組んでも成長ができないという背景には、「練習の難易度」があります。
この記事では、練習量をこなしているにも関わらず選手の成長がみられないと感じた時に役立つヒントについて解説します。
スピードと正確性のテスト
運動学習と呼ばれる分野では、スピード(パフォーマンス強度)とパフォーマンスの正確性の関係はトレードオフの(相反する)関係だと考えられており、練習やプレーの難易度を決めるときに役立ちます。
ここで、この2つの関係を実感できるアクティビティをやってみましょう。用意してもらうのは、紙1枚、ペン1本、そしてストップウォッチです。基本的には一人でもできますが、もしペアがいれば2人1組でやってみましょう。
スピードと正確性のテスト①準備とやり方
まず、下の図のような円を紙に書いてみてください。
- 1番上の2つ円の大きさは大体500円玉くらいの大きさで、両者はペン2本分くらい離れています。
- 2つ目の2つ円は1円玉くらいの大きさで、両者はペン2本分くらい離れています。
- 3つ目の円は、②と同じです。
スピードと正確性のテスト②スピードを意識する
これからやるアクティビティは、左右交互に円の中をペンでタッチしてい20秒間で何回タッチできるか、というシンプルな内容です。
まず、タイマーを20秒でセットして、左右交互に①の円の中をペンでタッチして行きます。
この時、自分の最高速度をキープしてできるだけ多くタッチするようにして下さい。円から外れてしまうこともあるかもしれませんが、気にせず続けて最高回数を目指しましょう。
ペアでやっている方は相手に回数を数えてもらい、1人でやる人は回数も数えてください。実際にやったら、時間内に円の中にタッチできた回数とミスした回数を記録して下さい。これが次のトライアル以降の基準となります。
スピードと正確性のテスト③成功を意識する
次に②の円で同じように円の中をタッチしていきますが、この時に①で成功した回数を目指してやってみてください。ミスしても気にせず続けましょう。
実際にやったら、①同様円の中をタッチできた回数とミスした回数を記録します。
スピードと正確性のテスト③ミスをしないように意識する
そして、③は②と同じ大きさの円と距離ですが、今度はミスをしないように円の中をタッチして下さい。
スピードと正確性のテスト④スピードを早くミスをしない意識をする
④の目的は、スピードは早くしつつミスをしないように円の中をタッチすることです。
実際にやってみたら、円の中をタッチできた回数とミスした回数を記録します。アクティビティは以上です。ここからは、このアクティビティの狙いを説明して行きます。
スピードへの意識はミスを誘発し正確性はスピードを下げてしまう
まずの結果がこのアクティビティ全体の基準になる成績です。円が大きいので、②(スピードを意識)、③(成功を意識)、④(スピードを上げてミスしないことを意識)の円と比べて比較的簡単だったと思います。
そして、②(スピードを意識)は円の大きさが小さくなったにも関わらず①と同じ回数を目指したので、難易度が上がったと感じたでしょう。そして、ミスした回数も増えたかもしれません。
しかし、③(成功を意識)では正確性を求めましたので、円の中をタッチできた回数は減ったものの、ミスした回数も減ったでしょう。これが、パフォーマンスの強度と正確性の相反する関係のメカニズムです。
これをスポーツに応用すると、基本練習でのプレー強度を維持したまま発展練習をやればミスが増えてきます。一方で、発展練習で正確性を重視ばミスは減りますが、プレー強度(質)は落ちるのです。
一見して悩ましく思える両者の関係ですが、この関係を利用すれば簡単すぎず難しすぎない難易度の練習を設定できます。
そして、この簡単すぎず難しすぎない練習こそ一番学習効果の高い練習とされています。
練習における適切な難易度については、こちらの記事をご覧ください。
コーチとして「ミスしても大丈夫」と伝えても選手が難しいプレーにチャレンジできない理由
失敗して当たり前という文化がチームを勝利へ導く~ダブル・ゴール・コーチング~
選手のレベルにあった難易度の練習を提供する秘訣
選手のレベルにあった練習方法をコーチとして提供するには秘訣があります。
コーチが練習内容を基本練習から応用練習までの段階に分けて、選手にとって難しすぎてできない練習の一歩手前の難易度の練習を見つけることがポイントです。
例えば、バスケットボールのシュート練習をする際には、以下の順番で難易度を上げていく方法が考えられます。
- ゴール下でのジャンプシュート
- ペイントエリアのラインからのジャンプシュート
- ペイントエリアのラインから1メートル離れたところからジャンプシュート
- スリーポイントラインからジャンプシュート
例えば、①からは9割近くシュートを決められて、②からの距離からは7割近くの確率でシュートが決められることが分かりました。そこで③からの距離からシュートを打つ練習をしたら確率は4割近くまで落ちて、④からは1割程度しか決められない事もわかりました。
このような手順を踏むことで、③からのシュートが選手たちにとっては簡単すぎず難しすぎない距離だと確認できます。
この距離からのシュートの確率が5割、6割と増えてきたら、さらに距離を伸ばしたりシュートまでの動きを少し複雑にしたりすることで、適度な難易度を維持できます。
選手の成長と成功体験には練習の難易度がポイント
選手の成長と成功体験には練習の難易度が大きくかかわっています。
試合からまだ遠くてじっくり実力を伸ばしたい時期であれば、練習の難易度を高めにして学ぶ機会を増やすのが効果的です。一方で、試合が近くなってきたら練習の難易度を下げて成功体験を多く積めるようする方が好ましいです。
いくらミスは悪いものではないと分かっていても、ミスが続けば気持ちが沈んでしまうこともあります。そのため、試合が近い時期にミスが増えそうな難しい練習をするのは避けた方が選手のモチベーションは下がりにくいです。
自己効力理論を提唱したアルバート・バンデュラ博士は、自己効力感を高める方法の1つとして「成功体験の実感」を挙げています(Bandura, 2012)。つまり、自信を高めるには小さな成功体験を多く実感することが大切なのです。
このことから、試合前は難しい練習をするよりもある程度成功しやすい難易度を設定して、選手が練習中にうまくいったプレーを多く実感できるようにする方が望ましいことがいえます。
まとめ
運動のスピードと正確性のトレードオフ(反比例)の関係を利用することで、簡単過ぎず難し過ぎない練習の難易度を決めることができます。
運動の強度(スピードなど)を維持したまま練習の難易度を上げていくと、ミスがしやすい練習。反対に、運動の強度を落とすことでミスは減りますが運動の質も同時に下がってしまいます。
選手にあった練習をコーチとして提供するためには、パフォーマンスの質と正確さの関係を考慮しながら、練習での狙い(学びを増やすか、成功体験を増やすか)見合った練習の難易度を決めることが大切です。
具体的な練習方法は、種目や選手の技術レベルなどによって左右されるので一概に言うことは難しいですが、今回ご紹介した内容を頭に入れながら教えている選手の技術レベルをよく観察することで、これまでとは違った角度から練習の内容を考えることができるでしょう。
参考文献
Bandura, A. (2012). On the Functional Properties of Perceived Self-Efficacy Revisited. Journal of Management, 38(1), 9–44. doi:10.1177/0149206311410606
Schmidt, R. A., Lee, T. D. (2011). Principles of speed and accuracy. In Motor control and learning (pp. 223–262): Human Kinetics.
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