その日の練習で選手が自分で上達を実感できた時は、次の練習の意欲も湧いてきて選手自身が自信を持ちやすいです。
スポーツ選手の上達には、小さな進歩の時もあれば、長いことできなかったことができるようになった時など様々です。
この様々な上達が実感できた時の達成感はそのスポーツをより長く楽しむことにもつながります。
そして、選手自信が得られた達成感や成長した実感を日々の練習の中で感じられるような練習環境を作ることができたら、選手のさらなる成長へと繋がり結果的に勝利にも近づくことができます。
今回は選手の成長に関わる大切な”自己効力感”に注目して、成長にフォーカスした練習環境を作るヒントになるようなスポーツコーチ向けのアイデアを紹介します。
目次
小さな成長や成功体験の実感が自己効力感を高める

スポーツコーチが選手にとって成長を感じやすい練習環境を作る上でカギとなるのが「自己効力感」です。これはスタンフォード大学のアルバート バンデュラ博士の研究で明らかにされたことです。
バンデュラ博士によると自己肯定感とは、「特定の場面に対する有能感の認識」と定義されています。(Bandura, 2012)。
いいかえれば、「特定のスキルに対して自信がある(自信を感じている)状態」とも言えます。
スポーツ場面に置き換えると、「何度も成功しているスキルに対して自信がある状態や、苦労してできるようになったスキルに対して自信を持てるようになった状態」と置き換えられるでしょう。
スポーツコーチが選手の自己効力感を高める上でのポイントは、「いかに有能感(自分ができる人だと思える感覚)を感じてもらうか」どうかです。
スポーツ選手に有能感を感じてもらうためには、選手自身が練習を通して「このスキルは上手くできる」と感じやすい取り組みをすることと、スポーツコーチがポジティブなフィードバックをして選手自信が「この技術は上手くできる」と実感できる後押しをすることが効果的です。
つまり、スポーツ選手が日々うまくなった感じをもてるような練習を通して自己効力感が高め、結果としてパフォーマンスに対する自信も高まる、というプロセスが選手が成長して勝利を手にするポイントでもあります。
スポーツ選手にとって自己効力感が高まりやすい練習環境は、上達を実感しやすい練習環境ということなのです。
スポーツコーチが選手の自己効力感を高めるための4つの方法

自己効力感を高める方法として、バンデュラ博士は次の4つを挙げています。
- 成功体験を積み重ねる
- 見本となる技術を真似る
- 言葉による自身への励まし
- 上手くいかなかったことを克服した経験
下記ではこの4つのポイントについて詳しく解説します。
成功体験を積み重ねる
スポーツコーチとして、スポーツ選手に成功体験を積み重ねてもらうことは選手の成長においてとても大切です。
スポーツ選手が自分自身の能力やスキルに自信を持ちやすい場面は、成功体験を感じた時ではないでしょうか。成功体験が自信へつながることは、みなさんの体験に限った話だけではなく研究でも明らかにされていることです。
バンデュラ博士をはじめ、様々な人において自己効力感を高めることについて調査された研究では「成功体験を積み重ねることで自己効力感が高められる」ことが報告されています(Müller & Seufert, 2018)。
スポーツ選手が練習中に上手くいったことや何度もトライしてできるようになったプレーなどを「成功したプレー」と自覚できると、選手の中で成功体験になります。
成功したことや上手くいったことを選手自身が自覚することで自己効力感が高まることにつながります。
成功体験については下記記事で詳しく開設しています。
選手にとって見本となる技術を真似てもらう
スポーツコーチとして、スポーツ選手が成長するために「見本となる技術を真似してもらう」ことはとても効果的です。
自分がしているスポーツのトップレベルの選手のマネをしたことは誰もがあることだと思います。一見何気ないことのように見えますが、この上手い選手の真似をすることは効果的な練習方法として活用することができます。
そして、真似をしたスキルを見本にした選手に近づけていく過程(プロセス)を通して自己効力感を高めることもできます。
見本を真似て新しいスキルを学ぶ時、見本と実際の選手の動きは大きく違っていることはよくあります。
スポーツコーチが選手の動きを改善するためには、真似るポイントを絞って部分的に見本の動きに近づけいくことがポイントです。
段階的に真似るポイントを絞って練習と改善を重ねていく中で、見本の動きにグッと近づけることができます。
また、細かく段階的に成功体験を積んでもらうことで、選手自身が見本に近づいていることを実感しやすく自己効力感を高めることにもつながります。
スポーツコーチの言葉による選手への励まし
練習中にうまくいかない時に自分で自分を励ましたり、「次はこうしよう」と自分自身に指示を出したりなど、自分との会話や自分への声かけは無意識のうちに使っている人も多いと思います。
まず自分自身への励ましは、なかなか上手くいかずに弱気になっている時やモチベーションが下がった時に効果的です。この時に自分が奮い立つ言葉を自分にかけて次にチャレンジするモチベーションを高めることができます。
また、「次にこうすれば上手くいく」と思える具体的なアドバイスやフィードバックは次のプレーを成功させる為に必要な具体的な取り組みを示してくれます。
この自分を奮い立たせる言葉がけと具体的な取り組みを通して次のパフォーマンスが上手くいく可能性が高まります。そして、上手くいった時には自己効力感の高まりを感じることができます。
上手くいかなかったことを克服した経験
選手にとってうまくいかなかったことを克服した経験は、成長につながりやすいです。
スポーツ選手にとって、なかなかできず苦手としていたプレーが努力の結果できるようになった時は、大きな達成感と成功した実感を味わえるものです。
小さい頃、なかなかできなかった逆上がりができるようになったり、苦手としていたサイドからのシュートが決まるようになった時などを思い出してもらうと、その感覚は実感しやすいかもしれませんね。
しかし、難しいプレーや苦手としているプレーに取り組み続けるのは簡単ではありません。難しく苦手なプレーに取り組み克服するために大切になるのが、選手のモチベーションです。
選手のモチベーションを高めるためには、コーチが選手と一緒になぜできないプレーをできるようになりたいかを考え、その理由を明確にしてあげましょう。
選手が「できないプレーをできるようにしたい」と思う気持ちそのものがモチベーションにつながります。
スポーツコーチが選手のモチベーションを高めるポイントは、選手がうまくいかない時期があったとしても、自分を奮い立たせてくれるくらいの理由であるかどうかです。
「何がなんでもできるようになりたい!」と選手自身が思えるくらいの理由があれば、うまくいかない時期が続いたとしても高いモチベーションを保ちやすくなります。
日々の練習で自己効力感を実感しやすくする仕組みを作る

ここまでは、自己効力感を高めやすくするための4つの方法をご紹介しました。ここからは、自己効力感を高めて、成長している実感を得やすくする取り組みをご紹介します。
ノートに成功体験を書き残す
選手にノートを使って成功体験を書き残してもらうことは、成長している実感を得てもらうのに効果的な方法です。
選手が練習中に成功したその瞬間は、実感を得られやすいですが、練習後に何もしないと忘れてしまうことが多いです。
選手が自分では上手くいったことに気づかなくても、周りからの声やコーチが声をかけてあげることで気づけたり、選手が後になって振り返った時に「あの時のプレー、悪くなかったな」と気づけたりもします。
このような、小さな成功体験をしっかりと実感するためには、練習後に振り返る習慣を作ることはとても大切です。
選手が振り返った時に、小さな成功体験を得られれば選手自身が有能感を得られやすくなります。
そこで、毎回の練習後にノートを使って成功したプレーや有能感を感じた瞬間を書き残しておきましょう。最初は漠然と思いつくままに書くだけでも気づくことはたくさんあるでしょう。
目標の達成度を通して自己効力感を高める
選手にとって目標達成を目に見える形で可視化することで、自己効力感を高めやすくなります。
選手がその日の練習で自分が上達したかどうかを測るには、練習前に立てた目標の到達度や取り組み具合で測るのがおすすめです。
例えば「クロスのコースへのドライブボールをコートの奥深くへ打てるようにする」ことを目標としたとします。次に、この目標とするプレーができるようになるために必要な取り組みや練習を選手に考えてもらいます。
目標達成のために必要な取り組みの具体例としては、「基本打ちのラリーの時からコートの奥半分にボールを打つ」、「ボールを強く打てるように、打つ時にラケットを振り切るようにする」などがあるでしょう。
このプレーの目標とプレーと達成させるための取り組みがどうだったかを練習後に振り返るのが大切です。
- どの程度達成できたか?
- 取り組みや意識すべきポイントは適切だったか?
- もっと別の取り組みの方が良さそうか?
といったように目標と取り組みの中身について具体的に振り返ると選手の自己効力感につながりやすくなります。
そして、振り返った内容を基に次回の目標と上達に必要な取り組みを立てます。
改めてこのプロセスをまとめると、下記の通りになります。
- 練習前に目標と必要な取り組みを決める
- 練習中に目標と取り組みを思い出す
- 練習後に目標達成度や取り組みの中身について振り返る
- 振り返った内容を基に、次の練習での目標と目標達成に必要な取り組みを決める
このプロセスを通して自分自身の成長度を実感しやすくなり、結果として自己効力感を高めることに繋がります。
この目標達成のプロセスに加えて練習中の成功体験も書き記すと、1冊のノートが自己効力感を高めるツールになります。
まとめ
今回は選手が成長を実感しやすい練習環境を作る為のアイディアとして、自己効力感に注目してみました。
自己効力感は自分のスキルに対する有能感であり、自己効力感を高める為には練習中に上達の実感を含めた成功体験が効果的です。つまり、上達を実感しやすい練習環境では自己効力感も高まりやすくなり、プレーに対する自信を育むこともできます。
特に、「成功体験の実感」と「苦手の克服」は自己効力感を高めやすいと同時に成長を実感しやすい物でもあります。
これらを実感しやすくするには、ノートで成功したプレーや目標と目標達成に必要な取り組みについて振り返るのが効果的です。
指導者としてできることとしては、このような振り返りの方法や目標設定の仕方を選手に教えること、毎回の練習後に振り返りの時間を作ること、指導者から上手くいったプレーや上達の為の努力を認めて褒めてあげること、などが挙げられます。
部分的にでも参考にできそうな物があれば、是非試してみ下さい。実際に使ってみることで改善点も見えてくると思いますので、その都度修正を加えてご自身のチームに合うような形で取り入れてもらえればと思っております。
参考文献
Bandura, A. (2012). On the Functional Properties of Perceived Self-Efficacy Revisited. Journal of Management, 38(1), 9–44.
ダブル・ゴール・コーチングを簡単に知りたい人向け!
アメリカNPO法人Positive Coaching Allianceは、「Better Athletes, Better People」をスローガンとし、ワークショップやオンライン教育を中心に、指導者、保護者、アスリート、リーダーへと提供することで、ユース世代のスポーツ教育をPositive で選手の個性を育む環境へと変容させることを目指しています。
創設以来、「勝つこと」と「ライフレッスン」のダブルゴールを目指すPCA メソッドの訓練を受けたコーチは、約75万人おり、2015 年度だけで8 万人のコーチがPCA コーチ法を学んでいます。また、これまでに北米約3500 の学校やスポーツクラブ、ユースプログラムに導入され、実際に参加した学生は860 万人を超え、アメリカの若者スポーツコーチの基準になりつつあります。
スポーツの体罰・ハラスメント問題について知りたい人向け!
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
殴る、はたく、蹴る、物でたたく
過剰な食事の強要、水や食事の制限
罰としての行き過ぎたトレーニング
罰としての短髪、坊主頭
上級生からの暴力·暴言
性虐待
暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
ダブル・ゴール・コーチングを詳しく知りたい人向け!
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
Müller, N. M., & Seufert, T. (2018). Effects of self-regulation prompts in hypermedia learning on learning performance and self-efficacy. Learning and Instruction, 58, 1–11.
コメントを残す