フィードバックの頻度はスポーツをする子供の成長へ影響する〜選手が欲しい時にアドバイスを与えられる為のヒント〜

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選手がミスしたり成功したりする度に指導者から声がかかるのは、多くの指導者が当たり前のようにしています。特に練習の指導に熱が入っていると、プレー毎のようにゲキを飛ばしたり励ましたりと、声をかける頻度は増えるでしょう。

しかし、プレー毎にアドバイスをしたり、するべき事を一方的に伝えてしまうのは、選手の成長を妨げている可能性が非常に高いです

これは、運動学習を含めた学習の観点から見た時に、本来選手の上達を促すための声かけやアドバイスがマイナスに働いてしまうのが理由です。

では、どのような声かけやフィードバックが選手の成長を最も促すのか?今回は運動学習と呼ばれる運動技術の向上に関する研究分野の知見を基に、どのようなフィードバックが選手の成長を促すのかを説明します。

フィードバックとは、パフォーマンスを強化するための情報

運動学習では、フィードバックは「運動パフォーマンスを強化するために必要な情報」と定義されており、他者もしくは自分によって今行ったパフォーマンスをより良くするために必要な情報といえます。

例えば、バスケットボールのシュートを外した時に、コーチから「もう少しボールを受けてからシュートを打つタイミングを早く」と言われた場面は他者からフィードバックをもらった場面。一方で、「次はシュート練習している時と同じリズムで打つ」と振り返ったりした時は、自分で自分にフィードバックをしている場面です。

このフィードバックの目的ですが、下記のように大きく3つに分ける事が出来ます。

1. 新しい技術を身につける

2. 既に身につけた技術を適切な場面で使えるようにする

3. 技術を定着に必要な練習を続けるためにやる気を高める

選手のプレーに対するフィードバックは無意識的に行われている事が多いと思いますが、今選手が取り組んでいる練習に必要なフィードバックでなければあまり効果がありません。

例えば、バレーボールでレフトからストレートにスパイクを打つ技術を新しく練習している選手に対しては、ストレートに打つための腕の振り方や肩の使い方などをアドバイスするのが効果的だと考えられます。

しかし、同様にレフトからストレートに打つ練習をしている別の選手に対して、ミスが続いている時に「もう一度!次は出来るぞ!」とやる気に働きかけるフィードバックをした時、実はその選手がまだ打ち方そのものを理解していない場合は適切なフィードバックとは言えません。

フィードバックをする前には、その選手に適切なフィードバックが3つのうちのどのタイプなのかを考えてみると、より選手に刺さるアドバイスを選びやすくなると思います。

プレーの度にするフィードバックは選手の成長を妨げる

選手のパフォーマンスの強化に繋がるのであれば、フィードバックはプレー毎にするのが良さそうに感じるのは自然な発想です。

しかし、フィードバックの研究を通して分かったことは、他者から毎回与えられるフィードバックはスポーツの技術向上には適していないことです。

これは、毎回のように他者からフィードバックをもらっていると与えられるフィードバックに頼ってしまい、自らプレーを振り返えらなくなったり、ミスした事を簡単に流してしまったりする傾向が見られたことが理由として挙げられます。

そこで、どのようなタイミングでどんな内容のフィードバックをするのが効果的なのかが研究されて、下記のような事が分かってきました。

  • プレー直後にプレーの結果に関するフィードバックをするよりも、5回後にプレーを要約した簡潔なフィードバックをする方がパフォーマンスは上達した
  • 自分の欲しいタイミングでフィードバックをもらいに行った場合と5回後に要約されたフィードバックをもらった場合では、どちらも同じように上達したが、技術として身についたのは自分でフィードバックをもらいに行った場合であった。 

つまり、ある程度フィードバックをせずに選手が試行錯誤したりプレーについて自分で考える時間を設けたりして、選手がアドバイスを求めた時に要点をまとめたフィードバックをするのが効果的な方法といえます。

ここで言う「プレーの結果に関するフィードバック」とは、良かった、悪かったなどのプレーの結果を評価するフィードバックです。シュートが入った時に「いいぞ!」、外した時に「そこは決めておこう!」など、プレーの結果を評価するような声かけを想像してもらえるといいと思います。

そして「プレーを要約したフィードバック」は、「今の5回プレーした中では、サーブのトスがいい時よりも低かった」、「さっき打った5回のシュートは、同じようなリズムとタイミングで打てていた」、などプレーの傾向や技術的な事を伝えるような情報です。

普段かけている声かけやアドバイスも、細かく見ていくと単純なようで奥が深いものです。一度声かけの内容を振り返ってみると、意外な気づきがあるかもしれません。

選手がフィードバックを求めてくるようにするには?

では選手がコーチにフィードバックを求めるようになるためにはどのようなことをすればよいのでしょうか?

たしかに過去の研究では、選手が自ら欲しいタイミングでフィードバックを得るのが上達に役立つ事が分かりました。しかし、理屈では理解出来ても実際に選手たちが自分のタイミングでフィードバックを求めてくるようになるプロセスがイメージしにくいかもしれません。

また、今までフィードバックが当たり前のように与えられていた選手にとっては、自分のタイミングでフィードバックをもらいに行くタイミングが分からなかったり、どんなフィードバックをもらえばいいかも分からず戸惑ってしまう可能性は高いです。

選手がコーチにフィードバックを求める上で大切なことは、いきなり選手が欲しいタイミングでフィードバックをする形に切り替えるのではなく、段階的にフィードバックを選手主導にシフトしていくように取り組むのがおすすめです。

心理学で人間の欲求について説明している「マズローの欲求階層説」と呼ばれる物があります。これは、大きな目標や自己実現を求めるような欲求(上達したい、アドバイスをもらいたい、など)を持つには、その前に生理的欲求、安心・安全の欲求、社会的欲求、承認欲求が満たされる必要を説明しているものです(McLeod, 2007)。

つまり、チーム内での人間関係が良好で自分の居場所や選手としての存在が尊重された状態でないと、自分の成長や大きな目標に向かって努力する事が難しく成長に必要なアドバイスを求める意欲も沸きにくいと言えます。

今回はこれに照らし合わせて取り組みを考えてみたいと思います。

選手が安心してフィードバックを求められる環境と関係づくりをする

選手が安心してフィードバックを求められる環境を用意し、選手との関係をつくることはとても大切です。

これまでフィードバックを一方的にもらっていた選手にしてみたら、いきなり「いつでも欲しいタイミングでフィードバックをもらいに来なさい」と言われても、戸惑ってしまうでしょう。

まずは選手にするフィードバックを要約したフィードバックに切り替えて、指導者から引き続きフィードバックはするようにしてみます。

フィードバックをした時に加えて「いつでもフィードバックが欲しくなったら聞きにおいで」と伝えて、選手の安全欲求と社会的欲求を満たせるようにしてみましょう。

指導者からフィードバックはしつつ、選手も自分で欲しいタイミングでフィードバックがもらえるような形からスタートすれば、無理なく選手主導のフィードバックへシフトしやすいでしょう。

選手の目標を知って選手の求めるフィードバックの準備をする

選手の目標を共有して選手の求めるフィードバックの準備をすることもポイントの1つです。フィードバックは選手が上達に必要な情報である必要があります。そこで、選手が上達したい事を共有して上達に情報が何かを把握しておきましょう。

選手が上達したいことが明確になれば、フィードバックを求めて来た時の準備になるので、的確な情報を渡すことができます。

そして選手は指導者が自分のことを見ていてくれていると実感できて、選手の承認欲求を満たせます。

選手が上達したい事を尊重して上達意欲に火をつける

安全の欲求、社会的欲求、承認欲求が満たされてきたら、自己実現の欲求を満たしやすい土台が出来上がりつつあります。

選手が自らフィードバックを求めてくるようになったら、選手が目指す目標や取り組んでいる事を尊重してサポートしていきましょう。選手にとっては、自分が取り組んでいる事を尊重してもらえる事ほど心強い事はありません。

時には、選手の取り組みが目指す方向へ向かっていない時もあるでしょう。そんな時でも選手の試行錯誤を見守って、選手が助けを求めてきた時に必要な情報を渡したり相談に乗れる準備をしておきましょう。

いつでもフィードバックをもらえて自分が上達したい事に打ち込める環境である事を認識出来たら、選手は自らひたむきに取り組めます。この段階にきたら、指導者はファシリテーターのような選手をサポートするような立場を取るのが好ましいです。

まとめ

今回は具体的に毎回のようにフィードバックをしてしまうと選手の成長を妨げてしまうメカニズムを運動学習の観点から説明しました。

プレー毎にフィードバックをしてしまうと、選手にとってフィードバックがあるのが当たり前になり、上達に必要な自らのプレーの振り返りやミスから学ばなくなってしまいます。 

そこで、選手にするフィードバックを数回おきに要約した簡潔なフィードバックするようにし、選手が自分でプレーを振り返って学ぶ機会を作りましょう。

そして、選手が上達するために必要な情報をフィードバックとして渡せるように選手の目標を共有してフィードバックをする準備をすることも大切です。

選手は自分の目標を尊重してサポートしてくれていると実感が得られれば、自ら練習に打ち込んで上達に必要なフィードバックも求めてくるようになるでしょう。

このような練習環境を作るのは、取り組むことや変えていくことも少なくないので、大変に感じられるかもしれません。

しかし、取り組むべき事を1つ1つこなしていき少し長い目で見て取り組んでこそ、無理なく着実に新しい練習環境へシフトできます。

どんな事をこなしていけば実現出来るかを確認しながら、新しいフィードバックの取り組みにチャレンジしてみてください。

参考文献

McLeod, S. (2007). Maslow’s hierarchy of needs. Simply psychology, 1, 1-8.

Schmidt, R. A., Lee, T. D., Winstein, C., Wulf, G., & Zelaznik, H. N. (2018). Motor control and learning: A behavioral emphasis. Human kinetics.

Williams, A. M., & Hodges, N. J. (Eds.). (2012). Skill acquisition in sport: Research, theory and practice. Routledge.

スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。

主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。

開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!

子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブについて

スポーツコーチング・イニシアチブ

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ABOUTこの記事をかいた人

略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。