ユーススポーツは、プロと異なります。しかしながら、プロと同じように勝利を過剰に追い求め、選手のバーンアウトやさまざまな障害を引き起こしているスポーツ環境があることは否めません。本記事では。ユーススポーツで勝利と人間的成長の両立ができる環境のために、スポーツコーチができるコーチングについて紹介します。
ユーススポーツで大切なのは長期的な視点を持つこと
ユーススポーツで大切なことは、選手の成長を長期的な視点で見守ってあげることです。若い選手にとって、できないことがあるのは当たり前です。大人になってもできないことは、たくさんあるのではないでしょうか?ここで大切なのは、できないから「ダメ」というわけではなく、できないからこそどうするのかを、大人が子どもに寄り添ってともに考えてあげることなのです。
選手や子どもができないことが分かったとき、どのように考え、行動し、できるようにしていくのかという”習慣”は、子どもが社会に出たときでも、必ず役に立つでしょう。
ユーススポーツが担っている立場
ユーススポーツがになっている立場として、アメリカの考え方を紹介します。Seefeldt et al.※1によれば、ユーススポーツには4つの参加メリットがあると述べています。
- 健康増進
- 社会の発展
- モラル向上
- ネガティブ行動の抑制
ここでは、上記4つについて解説します。
ユーススポーツによる子どもの健康増進
ユーススポーツに限らず、スポーツの実施は子どもや青年の心身の健康状態に影響を及ぼします。そもそもスポーツ・運動には、下記のようなことがCenters for Disease Control and Prevention※1で報告されています。
健康とスポーツ(Centers for Disease Control and Preventuion※1より作図) | |
脳への影響 |
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体重のコントロール |
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健康被害のリスク低減 |
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がんのリスク低減 |
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丈夫な骨と筋肉を作る |
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日中の身体活動量の増加 | |
人の高年齢化に伴う落下リスクの低減 | |
健康寿命の増加 |
子どもの頃からスポーツが楽しいと思える環境は、生涯を通したスポーツ・運動の継続へとつながるため、ユーススポーツで運動習慣を身に着けることは、健康という点において非常に大切です。
子どものユーススポーツ参加による社会の発展
子どものユーススポーツ参加は、社会の発展には欠かせません。Seefeldt※2によれば、ユーススポーツは、子どもたちにとって効果的な教育機会になることが述べられています。この理由として、スポーツが社会的・倫理的教育を行うために必要なことが含まれていることがあります。
ただし、スポーツで子どもの発育発達を促すためには、子どもたちにとってスポーツがポジティブな経験であることは欠かせません。
子どもたちの心理的なレディネスを作り上げる
スポーツは、子どもたちの心理的なレディネス(学びを得られる状態)を作り上げます。そもそも、競争という概念を含んだスポーツは、他者との優劣や比較を生み出します。この競争の概念は、子どもたちがスポーツへの参加したいと思う気持ちの最も大きな要因にもなっています。
心理的なレディネスは、子どもの認知発達を促し、人と競うことを子どもに理解させるのにとても役立ちます。人と競うことを子どもが理解する中で、戦略的に物事を考える力や、協調性、自己理解などを学びます。
ユーススポーツには自己肯定感の低下のリスクも
ここまではユーススポーツの教育的側面のうち、良い面にフォーカスしました。しかし、自己肯定感を下げてしまう危険性もあります。Brusted※3によれば、過度なパフォーマンスへの期待は子どもたちのフラストレーションを高め、ミスへの恐れや自己肯定感の影響に影響することが報告されています。
例えば、勝利至上主義のように、勝敗のみが価値判断の基準になってしまうことで、子どもたちはミスや失敗に対して恐れを生み出します。ミスや失敗への恐れは、身体的・心理的緊張状態を作り出すことで、パフォーマンスを低下させます。
低いパフォーマンスは、良い結果を得られる可能性を下げてしまうため、結果的に負けることも多くなるという負の循環に陥ってしまい、自己肯定感が低くなってしまうのです。このように、ユーススポーツは、子どもたちの経験・考え方次第で、良くも悪くも作用してしまいます。
ユーススポーツ参加による子どものモラル向上や非行行動の抑制
ユーススポーツ参加は、子どものモラルが高まるとアメリカでは考えられています。数々の研究の中で、スポーツ参加と子どもの非行の関係が示されていて、スポーツ参加をしていない子どもほど非行に走ること(負の相関)が明らかにされています。
この理由には、チームワークや努力、目標達成などの行動が、非行行動を減らすと考えられています。また、チームワークを大切にしたり、目標達成のために努力をする中で、子どもは内省を深め、暴力的な行動や攻撃的な行動を抑制することも明らかにされています。
このように、ユーススポーツへの参加は、子どものモラル向上や非行行動の抑制に役立つため、人徳教育として効果的であるという側面もあります。
選手の成長を促すカナダの取り組み
カナダでは、子どもたちがスポーツに参加しやすいように、国の施策としてLTAD(Long Term Athlete Develoipment)※4という戦略を作っています。勝利という結果の重要性が叫ばれる中で、過剰な勝利への追及が早期のバーンアウト、子どもの可能性の喪失やオーバートレーニング症候群といったネガティブな結果をもたらすことがカナダの専門家チームによって明らかになっているからです。
この国の施策では、9つのスポーツ参加への段階を設けていて、年齢によって区分されています。
カナダの施策|Stage1:活動開始ステージ
この活動開始ステージは、男女ともに0歳~6歳の子どもたちが当てはまります。このステージでの狙いは、スポーツをすることや身体を動かすことの楽しさを知り、生涯を通して必要なことを身に着けます。このステージでは、走ることや跳ぶこと、回ることや捕ることといった基本的なからだの使い方を学びます。
カナダの施策|Stage2:基本ステージ
この基本ステージは、6歳~9歳までの男子と6歳~8歳までの女子を対象としています。狙いとしては、敏捷性やバランス能力、コーディネーション能力やスピードを身に着けることがあります。また、日常的に身体を動かしたり、スポーツを習慣化することも狙いの1つにしています。この時期では、4~10週間ほどのマルチスポーツプログラムに子どもが参加し、さまざまな動きをマスターしたり、チームスポーツの中で状況判断能力を身に着けたりします。
カナダの施策|Stage3:トレーニング習得ステージ
トレーニング習得ステージは、9~12歳までの男子と8~11歳までの女子を対象としています。このステージでは、子どものスキルを全体的に高めつつ、心身を通して認知・感情の発育発達を促す狙いがあります。また、身体的なリテラシーを高めるということも狙いの1つです。また、この時期になってくると、子どもたちの成長にともなって性差が顕著に現れるようになってくる時期でもあります。
カナダの施策|Stage4:トレーニングのためのトレーニングをするステージ
この時期では、身体のエンジン部分を作ることを目的に、持久力・パワー・スピードや、競技特性に合った技術などを体得することを目指しています。対象の年齢は、12~16歳の男子と11~15歳の女子を対象にしていて、身体学的・心理学的・医学的な観点から発育発達を促します。
カナダの施策|Stage5:競争のための学びを得るステージ
カナダでは、男子16~18歳、女子15~17歳という年齢になると、ようやくスポーツで競うことがスタートし始めます。
このステージでは、試合に向けた身体的な準備を整えたり、選手自身が強みや弱みを把握したり、専門性を身に着けたり、身体的・心理的・認知的・感情的な発達を狙いとして国が施策として定めています。ピークの大会は年間1回か2回程度が一般的で、選手はより競技に特化したスキルを身に着けます。週5回~9回の練習参加をし、専門種目以外のスポーツも週2回かそれ以下のセッションが用意されています。
トレーニングと試合の比率でいえば、9対1の割合が推奨されていて、試合期が1回の場合は、年間で10回~15回ほどの試合が設けられます。また、年間2回試合期がある場合には、12回~18回程度の試合が望ましいとされています。
カナダの施策|Stage6:競争のためのトレーニングをするステージ
カナダのLong Term Athlete Developmentでは、男子18~21歳以上、女子17~21歳以上の年齢で、競争のためのトレーニングをスタートします。
このフェーズでは、特定の大会(試合)にピークパフォーマンスを発揮するための準備を整えたり、専門種目を確立したり、身体的・心理的・認知的・感情的発達を計測したり、自分を試し内省を深める習慣をつくるといったねらいがあります。
身体的な能力向上を図りつつ、高いレベルの大会に対するストレスへの対処なども学びます。このステージになると、国際大会や全国大会レベルのパフォーマンスが求められる一方で、フルタイム選手としてのキャリアを考え始めるので、次のステージを見越して生活指導などもスタートします。
カナダの施策|Stage7:勝利のためのトレーニングをするステージ
男女20~23歳以上の年齢では、特定の大会で高いパフォーマンスを発揮することを求められるフェーズです。チームでパフォーマンスを高め、心理的・身体的・認知感情的発達をし続けながら、競うことについて学びます。このステージにいる選手は、正社員雇用としてスポーツ活動をするようになり、身体的・心理的エネルギーや時間的リソースを直接アスリートとしての自分に注げます。
戦略的・戦術的・身体的・心理的な能力は最大化することが求められます。そして、パフォーマンス向上がチームにおいては最も重要視され、正社員(フルタイム)選手になることについて、選手は学びます。このように、フェーズ7では、特定の大会で高いパフォーマンス発揮をすることが求められます。
カナダの施策|Stage8:選手として勝利に全力を注ぐフェーズ
男女23歳前後になると、オリンピックや世界大会などのトップレベルの大会で結果を残すことが求めあっレマス。トレーニングの効果を最大化して、競技を行い、時にはリカバリーをはかりながら、選手としてのキャリアを築き上げます。
高いレベルの大会でコンスタントに結果を残すことが求められ、チームには専門家が帯同し専門的なサポートを受けられます。また競技を引退すること視野に入れつつ、活動を続けます。このフェーズは、選手として最後のフェーズにあたり、一般的な社会生活への準備をする時期にもあたります。
カナダの施策|Stage9:生涯を通してスポーツを楽しむフェーズ
老若男女どんな人でも、余暇活動としてスポーツを楽しむフェーズがStage9です。選手として引退した時点から、自動的にこのフェーズに移行し、高いパフォーマンスを追い求め勝利を追求することは関係なく、生活の中にスポーツがある状態を目指しています。
このフェーズの人に対しては、スポーツを続けるような機会や、よりスポーツ活動を専門的に行う方法や知識を身につける機会が多く提供されます。(選手としてだけではなく、コーチや審判として活動する機会も含めて)このように、カナダでは、生涯を通じてスポーツを楽しむことが国の施策として設計されているというのが、大切なポイントです。
習慣を身に着け選手の将来に活かせるスポーツ環境のためにコーチができること
ここまでは、カナダの事例やスポーツの健康的な価値といった観点から、スポーツの意義についてお話してきました。しかし、実際子ども達に生涯スポーツを続けてもらうためにはどのような指導が必要か分からないというコーチも多いでしょう。ここでは、アメリカのユーススポーツのスタンダードを変革した、米NPO法人Positive Coaching Allianceのダブル・ゴール・コーチング(勝利と人間的成長の両立)を目指したコーチングについて解説します。
コーチが努力・学び・ミスとの向き合い方を指導する
コーチが、選手の努力や学び、ミスとの向き合い方を指導することは、選手・子どものモチベーションを高めるため、スポーツへの楽しみを感じやすく高いパフォーマンスも引き出しやすいです。
ダブル・ゴール・コーチングの中では
- Effort:努力を促す
- Learning:ミスから学ぶ
- Mistakes are OK:ミスと向き合う
という3つの観点から、選手の成長を促す方法を推奨しています。これは、目標達成理論と呼ばれるモチベーション理論に基づいた方法論で、選手・子どもの成長マインドセットを育む上でとても大切なポイントでもあります。
詳しくは、下記の記事で詳しく紹介しているので、ぜひチェックしてみてください。
結果をもたらすための選手の努力を促すダブル・ゴール・コーチング
結果がすべてだからこそ過程が大切!選手の努力を促し最高のパフォーマンスを引き出そう
勝利と成長の両立を目指すとはどういう事なのか?〜マインドセットの観点から〜
コーチが選手のモチベーションを高め続ける
コーチが選手のモチベーションを高め続けることは、選手・子どものスポーツ経験そのものをポジティブに感じてもらいやすいです。ダブル・ゴール・コーチングの中では、感情タンクという表現を使います。感情タンクとは、子どものモチベーションをガソリンタンクにみたてています。褒めたりポジティブなフィードバックを行うことで、ガソリンタンクが満たされるように、子ども達のモチベーションは高まります。一方で、指摘したり叱ったりすることで、子ども達のモチベーションは低くなってしまいます。
ただし、ここでのポイントは、指摘したり叱ったりしてはいけないわけではないということです。大切なのは、褒めることと指摘することの比率を5対1にすることを理想としています。実際に、世界最高の指導者と称されるジョン・ウッデンに次ぐ成績を収めた、パット・サミット監督(NCAAで8かい全米優勝に導きアメリカ全土の大学で1000勝したことのある経験がある3人のうち1人)を対象にした研究※ では、ポジティブになるような発言と指摘や叱るなどの発言の回数を数えています。
合計3296回の行動・発言がパット・サミットのコーチング場面から抽出され、そのうち45%が指示(Instruction)で、褒める・励ましの声かけは、829回、叱る言葉かけはわずか226回(比率でいえば4:1)だったことが明らかにされています。
つまり、ユーススポーツだけではなく、トップレベルのコーチですら、ポジティブな声かけの割合が多かったことが報告されているのです。それだけ、トップレベルのコーチでも選手のモチベーションを高めるようなコーチングをしていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
コーチが競技に敬意を払うことを体現する
コーチが競技に敬意を払うことを体現することは、ユーススポーツの価値そのものを高める上では大切です。なぜならば、コーチの行動は、選手の模範でもあるからです。コーチが相手選手を批判すれば、選手も相手選手を批判しますし、審判を批判すれば、選手たちも審判を批判します。
また、Positive Coaching Allianaceによれば、スポーツの価値そのものを高めるためには、単にスポーツマンシップにのっとった行動をするだけではなく、下記の5つに敬意を払えるようになって、はじめてスポーツの価値が高まることを述べています。
- Rule:ルール
- Opponents:対戦相手
- Officials:審判
- Teammate:チームメイト
- Self:自分自身
つまり、自分自身や相手選手、ルールや審判といった、日頃リスペクトを払わないような対象に敬意を払うことで、リスペクトの精神を養うツールとしてスポーツが成り立つのです。このように、スポーツが子ども達にとって人生の教訓となることは、スポーツの存在価値そのものを高めるでしょう。
まとめ
ユーススポーツで大切なポイントは、単に勝利を目指すだけではなく、人としての成長やスポーツそのものの楽しさを覚えてもらうことはとても大切です。なぜならば、スポーツで自己肯定感を養ったり、学ぶ姿勢を身につけたり、健康的な発育・発達を促せるからです。カナダでは、国の施策として子どもや選手、大人までがスポーツを楽しめるように、9つのステージに分けてスポーツをする目的や狙いなどが整理されています。
子ども達がユーススポーツを通して、成長しスポーツそのものの楽しさを実感できるためにも、ダブル・ゴール・コーチングという手法はとても効果的です。本記事を参考にして、より良いスポーツ環境をともに創りましょう!
引用参考文献
- Centers for Disease Control and Preventuion(2021). Benefits of Physical Activity (最終閲覧日:2021/06/25)
- Seefeldt, Vern D. ;Ewing, Marha E.(1997). Youth Sports In America: An Overview, President’s Council on Physical Fitness and Sports, 2-14.
- Brusted,R J.(1993). Youth in sports: Psychological considerations. In R.N. Singer M. Murphey, & L. K. Tennant(Eds.). Handbook of research on sports psychology, (pp. 695-717). New York: Macmillian Publishing Co.
- Canadian Sport for Life(2021). Long-Term Athlete Development Framework(最終閲覧日:2021/06/25)
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