北海道安平町で発足された『NPO法人アビースポーツクラブ』は、「教育×街づくり」としての取り組みに力を入れています。こちらの団体では、保護者、もしくはコーチ向けのダブル・ゴール・コーチングワークショップが定期的に開催されています。
ワークショップへの参加を通して、前向きな変化が見られるとお話するのは、苫小牧高専で教師と部活動の顧問を務める長尾昌紀さん。自身が大切にするコーチングの価値観や、子どもたちの未来につながる展望を語っていただきました。
「否定しない」が根本にある――心理的安全が保証された場所だからこそ叶う、活発なディスカッション

――まずはじめに、長尾さんが現在所属しているチームと活動内容について教えてください。
長尾「僕は、苫小牧高専で教員としてサッカー部の指導にあたっています。苫小牧高専は5年制の学校で、15歳から20歳までの学生が在籍しています。そこが普通高校とは違うところですね」
――すごく年齢の幅が広いんですね。
長尾「はい。僕は主に高校世代の選手のコーチングをしています。僕が着任した年に入学した子どもたちが、現在2年生になりました。1、2年の子どもたちとはスタート時から関わっているので、わりと密にコミュニケーションが取れています」
――ダブル・ゴール・コーチングのワークショップを受けようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
長尾「知人の紹介で、アビースポーツクラブの鳥實さんと出会いました。その後、コーチング・イニシアチブが主催しているワークショップについて教えていただいたのがきっかけです。僕自身もダブル・ゴール・コーチングの考え方にはすごく興味があったので、参加させていただきました」
――実際にワークショップを受けた印象はいかがでしたか。
長尾「ダブル・ゴール・コーチングの考え方は、元々自分が大切にしている価値観と近しいものがあると感じていました。なので、実際にワークショップに参加したときも、内容をすんなり受け入れられました。これまでの自分の方針は間違っていなかったんだと思えたことが、コーチとしての自信につながりましたね。
ワークショップの参加者は年齢層が広いのですが、年配のかたも若者の意見を無碍にせず聞き入れてくれます。新しい知識を吸収してアップデートしたいと考える人たちが集まっているので、積極的に学べる場所だと感じています」
――全体的に柔らかくて、話しやすい雰囲気なんですね。
長尾「そうですね。『否定しない』が根本にあり、一旦受け入れたうえで『こういう考え方もあるよね』と代案を伝えてくれる人が多いです。なので、安心して前向きなディスカッションができます。積極的に意見を伝えあうことで濃いやり取りがうまれ、いつもあっという間に時間が過ぎてしまいます。ワークショップ後の懇親会も、楽しみのひとつですね」
変化を強制せず、選手の主体性を伸ばすコーチングを目指す

――長尾さんが元々持っていらっしゃる指導者としての価値観は、どこで培われたものなのでしょうか。
長尾「大学生の頃、塾講師のアルバイトをしていた経験がルーツになっています。そのときから、『なるべく否定はしない』『どんなに小さなことでもできたことはしっかり褒める』――この2点をずっと意識してきました。自身の学生時代に、このような教えかたをしてくれた先生やコーチと出会えた原体験も大きいですね。
ダブル・ゴール・コーチングのワークショップを通して、自分の価値観を見つめ直す機会を与えてもらえたことで、さらに基盤が固まった気がします」
――ダブル・ゴール・コーチングのワークショップを受けて、ご自身の指導方針に変化はありましたか?
長尾「これまでは子どもたちに❝嫌われたくない❞気持ちが先立ってしまい、指摘することに対し苦手意識がありました。でも、ダブル・ゴール・コーチングのセッションで『褒める』と『指摘』の最適なバランスを教えてもらったことで、これまで『指摘』をマイナスに捉えすぎていたのだと知りました。やりかたさえ間違えなければ、『指摘』は有効な手段のひとつであると思えたのは大きな変化でしたね」
――長尾コーチの変化を受けて、選手にも変化は見られましたか。
長尾「僕が現在受け持っている選手は、元々主体性のある子どもたちが多いんです。彼らはコーチの顔色を見て動くタイプではないので、こちらの変化を敏感に感じとって自分たちも変化する、みたいなことは今のところないですね。変化がないことが良いことだと個人的には思っています。無理に何かを変えるというよりは、必要があれば自分たちで判断して自然に変わっていくのが本来の形だと思うので。今現在、すでにすごくいいチームなので、大きく何かを変える必要はないのかな、と」
――ご自身は柔軟に変化しつつも、選手にはそれを強制しないことが大切なんですね。
長尾「そうですね。無理に何かをコントロールするよりも、選手のモチベーションを下げないことのほうが大切だと思っています。主役はあくまでも選手なので、彼らの主体性を伸ばすコーチングを心がけています」
サッカーをするのは、自分ではなく学生――選手の意志を尊重しつつ、コーチは最後の砦となる

―― これまでのコーチ経験を通して、印象的だったエピソードがあれば教えて下さい
長尾「2021年の新人戦で市内3位に入賞したのですが、結果以上にその過程がとても印象に残っています。僕らのチームは登録人数が少なくて、ぎりぎりの状態だったんです。そんななか、足の怪我や体調不良の選手が数人出てしまい、11人揃えるのが難しい状況になってしまって。当然、体が第一なので、僕らコーチ陣は『無理するな』と言ったのですが、選手本人が『出ます』と言ってくれて……迷いましたが、選手の意志を尊重することにしました。その結果、自分たちより登録人数の多い他校と戦い、3位という成績を残したんです。正直、あそこまでガッツのある子たちだとは思っていなかったので、すごく驚きました」
――「自分が欠けたらチームが試合に出られなくなる」という思いが強かったのでしょうね。
長尾「もちろん、大前提として怪我や体調不良を押してまで試合を優先することはありません。ただ、このときは子どもたちの熱量がすごくて、思わずこちらが圧倒されてしまいました。日頃、スポーツを通して伝えたいと願っていた自分の思いが届いていたのだと感じて、嬉しかったですね」
――長尾さんがスポーツを通して伝えたい思いとは?
長尾「『人のために動ける人になってほしい』といつも話しています。例えば、試合中はどうしても熱くなってしまって仲間のミスを責めてしまいがちなんですけど、『味方のミスをいいプレーにできるくらい、自分が動こう』と声をかけています。誰かのミスを貶すんじゃなくて、誰かのために動けるチームになろう、と。
だから新人戦のとき、自分のことよりチームのことを考えて動こうとした子どもたちの姿を見て、ちゃんと思いは伝わっているのだなと感じたんです」
――とても素敵な教えですね。
長尾「これはスポーツに限らず、日常生活にも言えることです。普段、授業などで学生と関わる際にも、人のことを考えられる、思いやりのある人に育ってほしいと伝えています。とはいえ、育てているようでこちらが育てられていると感じる場面も未だにたくさんありますね」
―― 今後、どのようなコーチを目指していきたいですか。
長尾「あくまでも裏方がコーチの役割だと思っています。サッカーをするのは自分ではなく、学生なので。彼らが気持ちよくサッカーに打ち込める環境を整えてあげることが、一番大切ですね。『気持ちよく』とはいっても適当でいいという意味ではなく、負けたら悔しい、勝ったら嬉しいと思えるのがベストです。
選手の自主性を育み、そのうえで一番重い責任の部分はコーチ陣がしっかりと背負う。そのようなコーチを目指して、これからも子どもたちと接していきたいです」
主役は選手、コーチは裏方。その基本を忘れず、真摯に子どもたちと向きあい続けるひとりのコーチの姿が、ここにあります。
「サッカーを楽しむ気持ちは誰にも負けない」と話す長尾コーチ。子どもの目線を失わず、スポーツの原点である「楽しむ」を大事にしながら、長尾さんは今日も子どもたちとグラウンドを駆けています。
選手を勝利に導き人生の勝者にも導くダブル・ゴール・コーチング~学びを促す~
子どものやる気を育み大人の想像を超える人を育む~青野祥人さん~
ダブル・ゴール・コーチングを簡単に知りたい人向け!
アメリカNPO法人Positive Coaching Allianceは、「Better Athletes, Better People」をスローガンとし、ワークショップやオンライン教育を中心に、指導者、保護者、アスリート、リーダーへと提供することで、ユース世代のスポーツ教育をPositive で選手の個性を育む環境へと変容させることを目指しています。
創設以来、「勝つこと」と「ライフレッスン」のダブルゴールを目指すPCA メソッドの訓練を受けたコーチは、約75万人おり、2015 年度だけで8 万人のコーチがPCA コーチ法を学んでいます。また、これまでに北米約3500 の学校やスポーツクラブ、ユースプログラムに導入され、実際に参加した学生は860 万人を超え、アメリカの若者スポーツコーチの基準になりつつあります。
スポーツの体罰・ハラスメント問題について知りたい人向け!
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
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数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
殴る、はたく、蹴る、物でたたく
過剰な食事の強要、水や食事の制限
罰としての行き過ぎたトレーニング
罰としての短髪、坊主頭
上級生からの暴力·暴言
性虐待
暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
ダブル・ゴール・コーチングを詳しく知りたい人向け!
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
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