「質より量」は、日本社会の根底にある基本的な考え方です。この考え方は、現在でも日本スポーツ社会に大きく根付いている考え方でもあります。
しかしながら、「質より量」のスポーツコーチングは、変えていくべき考え方でもあります。本記事では、「質より量」がもたらした弊害と、スポーツ社会における問題に言及します。
「量より質」のスポーツコーチングは今後需要が高い
「量より質」のスポーツコーチングは今後需要が高くなると考えられます。なぜならば、「質より量」におけるスポーツコーチングは、アスリートのバーンアウトや慢性的なスポーツ障害だけではなく、部活動顧問の過労も近年では注目されている問題であるためです。
結果的に、「質より量」という考え方は、日本社会全体に問題を生んでしまっています。
「質より量」で教育された人が社会で同じことを起こしてしまっている
「質より量」で教育された人が社会で同じことを起こしてしまっています。なぜならば、日本人が運動部活動を経験していたことがあると報告されているためです。
冒頭で述べたように、日本の運動部活動では、「質より量」が求められます。またこれだけに留まらず、受験勉強なども同じような傾向があるのではないでしょうか。
学校部活動における年次調査の結果1)では、約7割以上の中学生が運動部に所属していることが報告されています。
つまり、社会人に還元するとビジネスパーソンの約7割以上の人が運動部に所属していたことが予測されます。
文部科学省では、「質より量」がもたらす問題点に着目して、運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン2)を作成しています。この中で、「スポーツ医・科学の見地からは、トレーニング効果を得るために休養を適切に取ることが必要であること、また、過度の練習がスポーツ障害・外傷のリスクを高め、必ずしも体力・運動能力の向上につながらないこと等を正しく理解する」と記載されています。
つまり、中学部活動で経験した「質より量」のコーチングが、日本社会全体に浸透しているということです。
質より量がもたらした弊害はビジネスパーソンの生産性低下
「質より量」がもたらした弊害としては、ビジネスパーソンの生産性の低下が挙げられます。日本生産性本部が公開している労働生産性の国際比較2017年版3)の中で、日本人の時間当たりの労働生産性は46.0ドル(4694円)でOECD加盟国35か国中20位であったことが報告されています。
最も高い生産性を誇るのはアイルランドで、95.8ドルと倍以上の生産性を誇っていることも報告されています。
つまり、日本人の生産性は国際レベルで比較した場合にかなり低く、背景には運動部活動で培われた「質より量」の考え方があるのではないでしょうか。
スポーツ社会で起こる「質より量」の考え方がもたらす問題
スポーツ社会で起こる「質より量」の考え方がもたらす問題としては、アスリートのバーンアウトや部活動顧問の過労などがあります。
アスリートのバーンアウト
アスリートのバーンアウト問題は、単に競技からのドロップアウトだけではなく、パフォーマンスの低下や気分障害、心理不適応や最悪自殺まで引き起こします。
バーンアウトは、ネガティブな感情が増えると起こりやすいことが報告4)されており、クロスカントリースキー選手の高地トレーニング合宿における調査5)ではネガティブな感情が増加する傾向があると報告されています。
つまり、長時間の練習は、選手のネガティブな感情をもたせてしまい、結果的にバーンアウトに陥りやすいと言えます。
部活動顧問の過労
「質より量」の考え方がもたらすコーチ側の問題としては、過労があります。現在中学部活動の中では、土日のいずれかに休日を設ける事が義務付けられているものの、制度が導入される前に2016年富山県で起こった過労死認定された事件が起きました。
この事件では、「時間外勤務の118時間25分のうち7割が部活動における指導であった」ことが報道されました6)。
つまり、部活動の時間が長ければ長いほど、コーチの役割も担うことが多い部活動顧問の過労は十分に起こりうる話です。
量より質のスポーツコーチングとスポーツコーチング・イニシアチブの活動
「量より質」のスポーツコーチングは、近年注目されつつあります。例えば、アメリカのNCAAでは時間に関する規定があります。
また、アメリカでは選手の指導をするには、指導者のライセンスが必要で、このライセンスを取得するためにはPCAというカリキュラムを受講しなければなりません。
PCAのカリキュラムの中では、「Better People, Better Athlete」をスローガンとして「勝つこと」と「人間的成長」を両立させることを学びます。
弊団体では、PCAの教科書を翻訳したものを発行しておりますので、よろしければご覧ください。
まとめ
「量より質」を重んじたスポーツコーチングは今後需要が高まるでしょう。なぜならば、中学部活動の指導においては土日のどちらかを休日にすることが義務付けられているためです。
一方で「質より量」の考え方は、日本社会に強く根付いており、スポーツ社会だけではなく、日本社会全体における課題として残されています。
例えば、日本人の生産性は「質より量」の考え方によって大きく下げられていることが考えられます。
また、スポーツ社会に及ぼす影響としては、アスリートのバーンアウトや部活動顧問の過労などが挙げられます。
本記事を読んだことをきっかけに、「練習の質」について考えてみてはいかがでしょうか。
引用参考文献
1) スポーツ庁(2017).運動部活動の在り方にかんする総合的なガイドライン作成検討会議(第1回)資料2 p.1-8 http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/013_index/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2017/08/17/1386194_02.pdf
2) スポーツ庁(2018).運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン 2合理的でかつ効率的・効果的な活動の推進のための取組 p.4-5 http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/hakusho/nc/__icsFiles/afieldfile/2018/03/23/1402816_1.pdf
3) 公益財団法人日本生産性本部(2017).労働生産性の国際比較2017年版~日本の時間当たり労働生産性は46.0ドル(4,694円)、OECD加盟35ヶ国中20位~ p. 7-10 https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2017_press.pdf
4) 田中輝海・水落文夫(2013).男性スポーツ選手におけるバーンアウト傾向の深刻化とポジティブ感情の関係性, スポーツ心理学研究, 40(1):43-57.
5) 水落文夫,岩崎賢一,鈴木典,小川洋二郎,高橋正則,宮本晃,沢田海彦,伊坂裕子,塩澤友規,菅生貴之,田中ウルヴェ京,吉本俊明(2008).高地トレーニング合宿におけるクロスカントリースキー選手の心理的コンディションとトレーニング効果の関係,スキー研究,5-1:1-12.
6) 宮西瀬名(2018).教員の長時間労働を招く”運動部指導”という伝統に、働き方改革でメス,WEZZY(最終閲覧日:2019年6月12日)https://wezz-y.com/archives/56798
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第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
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バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
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