近年、社会的な問題となっているスポーツ界での暴力、日本に留まらず世界トップアスリートの告発により表沙汰になってきています。スポーツ現場での暴力を解決するためには世論を熱くすべきか、法制度を整えるべきか、指導方法の改善が必要なのか、あらゆる方法があります。
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、スポーツ現場における暴力の根絶を目指して、解決方法を探るために定期的にイベントを開催しています。今回第2回のイベントでは、以下の3名にご登壇いただきました。
- 杉山翔一さん・・・弁護士、セーフスポーツ・プロジェクト代表
- 青野祥人さん・・・東京都教員、サッカー部顧問
- 鳥實裕弥さん・・・NPO法人アビースポーツクラブ クラブマネージャー
杉山さんより「アメリカのスポーツ現場で暴力根絶のために行われていること」について解説していただいたのち、実際にスポーツ指導に携わっている青野さん・鳥實さんから「スポーツ現場と暴力」の所見について伺いました。
最後に、弊代表の小林を交えたパネルディスカッションも実施しましたので、ぜひ最後までお読みください。
なお、前回イベントについては「『スポーツから暴力を無くし、成長する子どもをはぐくむ!』イベントレポート」の記事でまとめています。日本および世界のスポーツ現場での暴力の実態が分かる内容となっているので、ぜひこちらもご覧ください。
スポーツから暴力を無くすためにアメリカが取り組んでいること
まずは杉山翔一さんより、スポーツ現場から暴力をなくすためにアメリカで取り組んでいることについて、お話をいただきました。杉山先生は2022年1月にデンバーとニューヨークにある、アメリカのスポーツ機関へ取材を実施していました。
今回は杉山さんが視察の中で気づいたことや感じたことなどについて、解説していただきます。
【杉山翔一さんのプロフィール】
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トラブルが起きたら「予防」と「解決」に取り組む
今回のアメリカ出張で、私はコロラド州のデンバーとニューヨークへ足を運びました。デンバーを訪れた理由は、そこにアメリカのセーフスポーツセンターがあるからです。アメリカのセーフスポーツセンターでは実際に、国内のスポーツ現場で暴力やハラスメントに関する「予防」と「解決」に取り組んでいます。具体的な取り組み内容は以下の通りです。
- 予防⇒指導者や関係機関向けのオンライン講習の実施
- 解決⇒暴力やハラスメントの証拠を集めた上でレポート・調査・解決の順で進める
暴力やハラスメントを予防するためのオンライン講習については、セーフスポーツセンターの2020年度の年次報告書によると、受講実績は195万人との記載がありました。またこの講習は英語だけでなく、スペイン語や中国語、日本語などさまざまな言語のものが用意されていることも特徴と言えます。
セーフスポーツセンターには28人の相談員が在籍しており、オンラインで被害者からの相談を受けています。オンラインで行うことのメリットは、相談者が安心して話しやすい環境を作れることです。相談者が相談する上で最適な場所は、自分自身が安全と感じられるところでなければいけません。オンラインであれば自分の部屋で鍵をかけてお話ができるので、被害者の方は安心して相談に臨めます。
このようにアメリカではスポーツ現場で暴力が起きたとしても対処できるように、セーフスポーツセンターの仕組みが整っているのです。
大規模に取り組めているのは法律の力が大きいから
セーフスポーツセンターだけでなく、アメリカのオリンピックパラリンピック委員会(以下USOPC)も取材させていただきました。USOPCでは「アスリートセーフティポリシー」を制定しており、すべてのオリンピック・パラリンピック参加者の安全と幸福に尽力するために、心理的および身体的な虐待の無い環境を作ることを目指しています。
その一環として、USOPCに関わる団体すべてにセーフスポーツの講習の受講を義務付けています。対象団体の中には「アンチドーピング協会」など、一見セーフスポーツとは関係の無さそうなところも含まれているのが特徴です。
ここまでしっかりと制度化ができている理由は、法律の力によるところが大きいとのことです。アメリカでは「アマチュアスポーツ法」において、USOPCが定めた要件や義務を違反したスポーツ団体は、認可を取り消されてしまうことが決められています。
アマチュアスポーツ法で決められている要件の1つに、セーフスポーツに関する内容が含まれており、各団体は「セーフスポーツのために取り組んでいることを都度報告しなければいけない」とされています。
このようにアメリカが全面的にスポーツ現場の暴力根絶に力を入れられる理由はスポーツ団体がセーフスポーツに取り組まなければいけないことが、法律に含まれているからです。
暴力根絶に大切なことは、いろいろな人を巻き込んでいくこと
またニューヨークではスポーツの現場に限らず、子どもに対する暴力の撲滅に取り組んでいる団体とも、面談の場を設けさせていただきました。その団体さんからは暴力撲滅のためにやるべきことは3つあるとお話を受けました。
- 法制度を変える
- Raising Awareness(意識改革)
- 両親たちの理解を得る
特に両親や監督者の理解を得る必要があることが印象的でした。また、子どもの暴力根絶のためには「少しでも多くの人を巻き込んだほうがいい」というお話もいただきました。
実際にSDGsでも暴力の撲滅に関する内容が多分に含まれています。スポーツ界に限らず、省庁をまたいでさまざまなところがSDGsに取り組む。特に日本や先進国が率先して取り組むべきだと考えられています。
日本では実際に法制度として「児童虐待防止法」がありますが、この対象はあくまで保護者に限られたものです。スポーツ現場における指導者については、児童虐待防止法では扱えないのが現状です。
日本でスポーツ現場の暴力を無くすために、専門機関としてスポーツ団体に限られないような活動を行える部署や機関が必要といえます。アメリカへの取材を通して、決して法律家・指導者・選手、といった特定の人だけではなく、広くさまざまな人を巻き込んだ意識改革が必要だと感じました。
部活動の顧問をしていて感じるスポーツの暴力について
続いては都内の公立中学校の教員でサッカー部の顧問を務めている青野祥人さんより、学校現場の状態と部活動の目的について、お話を伺いました。
【青野さんのプロフィール】
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教員が部活の顧問をやることについて
私自身は小学校の頃に競技経験があることもあり、サッカー部の顧問を務めていますが、学校の部活動だと競技未経験者が指導するケースはかなり多いです。さらに若い教員の場合、マネジメント経験のない人が多いため、かなり大変な思いをしているのが現状です。
私の場合、競技経験があると言っても町のクラブで少しやった程度なので、どうやってマネジメントをするか、やりたい指導は何なのかを悩みながら模索していました。しかし学校現場にいるだけでは答えを見つけられないと思ったので、最近はスポーツコーチングやワークショップデザインを勉強して、適切な指導方法を模索しています。
そもそもの部活動の目的とは?
ちなみに学校の部活動の目的は教育の一環として、スポーツ庁のガイドラインでは以下のように定義されています。
知・徳・体のバランスの取れた「生きる力」をはぐくむ、「日本型学校教育」の意義を踏まえ、生徒がスポーツを楽しむことで運動習慣の確立等を図り、生涯にわたって心身の健康を保持増進し、豊かなスポーツライフを実現するための資質・能力の育成を図るとともに、バランスの取れた心身の成長と学校生活を送ることができるようにすること
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先述の通り、学校の部活動では競技未経験者が顧問を務めるケースが一定数あります。競技未経験の指導者はスキルについて指導ができないため、勝つために必要なマインドを教え込もうとする。その過程で暴力や暴言が入り込んでくるケースもあります。
選手側も指導者を選べないので自己肯定感が欠如してしまい、ゆくゆくは「暴力を受けるのはしょうがない」となってしまうのです。部活動にはきっちりと目的が決められているものの、上記のような現状があることから、そこを目指していないチームが多いのではないかと感じます。
私が見る限り、暴力は昔に比べると減っているように感じますが、暴言や圧迫めいた指導はまだまだあるのではないかと思います。
総合型スポーツクラブ経営者が見る、スポーツの暴力について
青野さんより部活動の顧問目線でのお話をいただいたところで、次は総合型スポーツクラブを運営されている鳥實裕弥さんにご登壇いただきました。鳥實さんからは総合型スポーツクラブでの指導者から見た暴力の所見と、今後目指していきたいスポーツ環境についてのお話を伺いました。
【鳥實さんのプロフィール】
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学生時代に経験した修羅場体験
私自身は指導者から暴力や暴言を受けた経験はありませんが、他の人がやられる現場は幾度となく見てきました。まず小学校・中学校の頃は対戦相手の子どもたちが指導者から頭を叩かれたり、蹴られたりしていたのを目撃しました。
また高校に上がると、チームメートが先輩からボコボコに殴られ、流血して救急車を呼ばなければいけないほどの現場も見ました。その先輩達にムカついて同級生一同で顧問の先生に「あの先輩たちとはやりたくないです」と直談判したのですが、顧問からは「嫌ならお前らが辞めろ」と言われることに。
この顧問からの一言には絶望しましたね。しかし暴力の話が校長先生のところに行ったことで先輩たちが停学となり、僕たちは通常通りサッカーができることに。結果的にいい方向に話は収まりましたが、そんな修羅場体験も経験しましたね。
「指導には暴力も必要なのか?」感じた迷いと不安
社会人になって指導者になりたての頃、試合に負けたことに腹を立てた先輩コーチが、選手を一列に並べてビンタをしていた光景を目にしました。それを見て「こんなコーチにはなりたくないな」と思いましたね。
その一方で「チームを強くするにはそういうことも必要なのではないか」と不安になることもありました。しかし色々と考えているうちに、自分が作りたいスポーツ環境とは「夢中になれる環境を作る」ことだと気づきました。
目指したいスポーツ環境
では私が目指したいスポーツ環境について具体的に解説しますと、子供を中心にして周りに指導者や保護者、地域の方など周りの大人たちが囲んで、協同で育てることです。それを実現するにあたって、周りの大人たちに向けて「ダブルゴール・コーチング」の指導も実施しています。
ダブルゴールとは「試合に勝つ」ことと「人間的に成長する」の2つを同時に目指すことです。ダブルゴールを理解することで指導者の質が上がり、結果的に子供たちのスポーツ環境もどんどん良くなると考えています。
特に子供たちと長く接することになる保護者の方への指導が重要だと考えています。そのため子どもたちのサポートをしつつ、保護者とも一緒に環境をよくするための方法を考えていこう、というスタンスです。
子どもを取り巻く環境がよくなれば、好きなスポーツに夢中になれるはずです。子供たちが成長することを応援してくれる指導者や地域の人がどんどん増えてくれればいいな、と思っています。
パネルディスカッション
杉山さん、青野さん、鳥實さんからお話を伺ったところで、ここからは小林も含めた4名でパネルディスカッションを実施させていただきました。上記の話を元に、さまざまなご意見を伺ってみました。
なお鳥實さんの登壇の場でお話しされていたダブルゴール・コーチングについては「スポーツコーチングスタイルと選手のレベルに合わせたダブル・ゴール・コーチングを解説!」の記事で詳しく解説しています。気になる方はぜひご覧ください。
第3回イベントは2022年2月14日に開催予定です。ゲスト講師として「全国柔道事故被害者の会」の小林恵子氏をお招きして、国際的に見た日本スポーツ界の状況などについて、お話を伺う予定です。
peatixよりお申込みいただけますので、ぜひご参加をお待ちしております。
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