コーチにおける健康問題は、下記の記事でも述べたように深刻な問題でもあります。
本記事では、コーチング・ラボvol11においてメンタルスキルトレーナーの伴氏が講演した内容の一部に触れながら、コーチにおけるウェルビーイングの重要性とウェルビーイングの高め方について解説します。
※本記事で取り扱う「ウェルビーイング」は長期的な幸せを意味します。
ウェルビーイングとは長期的な幸せのこと
ウェルビーイングとは、英語でwell-beingと表記し長期的な幸せを意味します。欧米を中心として研究がなされてきたため、聞きなれない言葉かもしれませんが、英語でいうHappinessとは少し異なります。
Happinessは、短期的な期間での幸せを意味します。本記事では、読み取りやすいようにウェルビーイングと表記することとします。
このウェルビーイングは、アメリカのUSOC(アメリカオリンピック委員会)における質の高いコーチングを行うためのガイドライン1) の中で重要な位置づけを占めています。
質の高いコーチングを行うためにはスポーツ指導者自身のウェルビーイングも重要な要素
質の高いコーチングを行うためには、スポーツ指導者自身のウェルビーイングが欠かせません。
なぜならば、コーチング活動が時には極度の緊張状態をもたらしたり、栄養不足や睡眠不足、家族との衝突や社会的権利の侵害をもたらしたりすることが指摘されているためです1)。
例えば、試合期には、周りからの過度な期待や極度なプレッシャーから不安が生まれ睡眠不足に陥るケースは経験のある方もいるのではないでしょうか。
こういったネガティブな感情を気づかずに放っておくと、コーチとしての情熱やモチベーションの欠如につながってしまいさらなる健康被害やコーチ自身のバーンアウトにもつながりかねません。
ウェルビーイングの高さは、コーチという職業の捉え方によって大きく異なる
ウェルビーイングの高さはコーチという職業の捉え方によって大きく異なります。Wrezesniewski et al. 2) によれば、仕事に対する捉え方は下記のように3つあることが報告されています。
- お金のために行う作業という捉え方(作業)
- 自分自身のキャリアを構築する手段という捉え方(実績)
- 世の中に良い影響をもたらすための活動という捉え方(社会への影響)
これらはコーチという職業にも置き換えて考えることができると伴氏(NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブ 理事・OWN PEAK代表)は述べます。
例えば、コーチは技術を教えるための仕事(作業)なのか、チームを勝たせるという仕事(実績)なのか、コーチは社会的影響を与える仕事なのかです。
コーチという職業に対する捉え方による違いは下記の通りです。
コーチは技術を教えるための仕事として捉える人はウェルビーイングの値が最も低い
コーチは技術を教えるための仕事として捉える人の特徴としてウェルビーイングの数値は最も低いことが報告されています2)。
また、それだけではなくコーチという仕事に対する満足度も低い値を示しています。つまり、コーチは技術を教えるための作業であると捉えている人は、コーチという役割に満足しにくく、熱意や情熱を持ちにくい傾向があります。
コーチはチームを勝たせるという仕事として捉えている人はウェルビーイングの数値は低い
コーチはチームを勝たせるという仕事として捉えている人はウェルビーイングの数値は低いことが報告されています2)。
この背景として、勝利や敗北はコーチ一人がコントロールできるわけではないことにあります。
勝ち負けを目的に置くことは、自分のコントロール外のことに一喜一憂しなくてはならないということです。
勝てばもちろん喜びますし調子も高まるかもしれませんが、負けた場合には落ち込んだり、ストレスフルな生活を送ってしまったりすることになります。
この点について伴氏は、勝利以外に評価の軸を持つことがストレス対処には有効であることを指摘しています。
勝利以外の評価軸としては、選手自身の成長やコーチと選手間での信頼関係といったことがあります。
もちろんチームにおいて勝利は大きな意味をもたらします。
しかし、勝利という結果だけにこだわるのではなく、それ以外の評価軸を持つということでコーチ自身のウェルビーイングに影響を及ぼします。
コーチは選手の人間的成長を促す仕事であるという捉え方はコーチ自身のウェルビーイングを高める
コーチは選手の人間的成長を促す仕事であるという捉え方は、コーチ自身のウェルビーイングを高めます。
研究結果2)によれば、人生における幸福度や仕事に対する満足感は最も長いことが報告されているためです。
またその他の特徴としては、経歴が長く、年齢も高いことや社会的地位なども高い人が多いという結果も出ています。
つまり、世の中で社会的地位の高いような人は、コーチという仕事に限らず、仕事は人生の重要な一部であり社会的影響が大きいということを自覚しているのです。
言い換えれば、コーチという職業は、選手を人間的に育成するという社会的に大きな影響を持っていると考えているともいえます。
コーチが選手を人間的に成長させるために重要なアスリートセンタードコーチング
伴氏によれば、コーチが選手の人間的成長を促すためには、アスリートセンタードコーチングが適していると述べています。
アスリートセンタードコーチングについては下記の記事でも触れていますのでコチラをご覧ください。
新時代に求められる「アスリートセンタード・コーチング」(日本体育大学教授 伊藤雅充氏)」
勝利至上主義からの脱却のために!アスリートセンタードコーチングの考え方~コーチング・ラボレポート~
このアスリートセンタードコーチングは、選手の人間的尊重を促すという側面だけではなく、コーチ自身のウェルビーイングをも高めることができるため、選手にとってもコーチにとっても効果的なコーチングであることが示唆されます。
コーチ自身が何に喜びを見出すべきなのかをもう一度考えましょう
コーチをしている自分自身が何に対して喜びを見出すべきなのかをもう一度考えましょう。
なぜならば、上記で述べたように、コーチは単に選手に技術を教える作業や勝利を突き詰めるといった考え方だけではないからです。
もちろんチームにおいて勝利は重要なミッションであることに変わりはありません。
しかしながら、結果だけを求めることによって勝利至上主義に陥ってしまう可能性もありますし、何よりもコーチ自身のウェルビーイングに悪い影響を及ぼしてしまうためです。
伴氏によれば、自分自身がコーチという職業の中で、何に対して喜びを見出すのかを捉えなおして、それを実感することによって、コーチとしての満足度や人生の幸福度は高まると述べています。
まとめ
ウェルビーイングとは、長期的な幸せを意味します。
このウェルビーイングは、選手だけではなくコーチの身体的・心理的な健康に影響するため、USOC(アメリカオリンピック委員会)のクオリティコーチングの中でも重要な位置を占めています。
コーチという仕事に対する捉え方には3つの種類があり、その中で最もウェルビーイングが高い値を示したのは、コーチは選手の人間的成長を促す仕事であると捉えている人たちでした。
コーチが人間的成長を促すためには、アスリートセンタードコーチングというコーチング方法があり、それに加えて自分自身がコーチという仕事の中で何に対して喜びを感じているのかを見つめなおして実感することで、コーチ自身のウェルビーイングも高める事ができます。
本記事を参考に、コーチ自身の健康問題についても考え直してみてはいかがでしょうか。
引用参考文献
1) TEAM USA「Quality Coaching Framework」
(2019年2月15日)
2)Wrzesniewski, A., McCauley, C., Rozin, P., & Schwartz, B. (1997). Jobs, Careers, and Callings: People’s Relations to Their Work Journal of Research in Personality 31:21-33.
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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