スポーツをしているとあらゆる形でプレーする環境が変わることはあります。スポーツの練習環境と聞くと、体育館やグラウンドのような物理的な環境を思い浮かべる人は多いかもしれません。
一方で、スポーツ心理学や教育心理学では、コーチやチームメイトといった周りを取り巻く人もまた環境と捉えることができます。
そして、選手、指導者などお互いの関わり方によって、選手の練習に対するモチベーションは大きく影響を受けています。
もし、コーチ自身が選手に対して「意欲的に練習に取り組めるような姿勢を持って欲しい」と思っているとしたら、練習環境を整えることで選手の成長をサポートすることができるでしょう。
今回は、チーム内の関わり方でつくりあげられる練習環境に焦点を当てて、コーチがどのようなポイントをおさえて練習環境を作れば選手の成長を促せるかをご紹介します。
選手の考え・行動・環境の相互作用で行動が変化する
スポーツ選手に限らず、人が行動を変える時は何かを学習したときが多いです。
- 自分の考え
- 自分の行動
- 周りの環境
上記の3つのことで他の人との関わりがある時に学習する機会がうまれます。その関係を示しているのが下の図です。
この図は、「社会的認知理論」と呼ばれていて、特に“認知(人の物事の捉え方)”に関わる内容を説明するときに使うことが多いです。
近年では、スポーツの認知的なスキルを理解する時にもこのモデルが適していることが報告されています。
環境が選手の行動や考えに影響を与えるメカニズム
環境は、選手の行動や考えに影響を与えます。なぜならば、チーム環境と選手の行動・考え方には相互作用があるからです。
コーチが選手のチャレンジを褒めたとき、結果敵に選手がミスを前向きに考えられるようになったり、ミスを恐れずに積極的なプレーができたりしたりすることはよくあるのではないでしょうか。
この例の中では、「環境が選手の行動や考えに影響を与える」というメカニズムが起きています。
選手の行動は自身の考え方や環境に作用する
選手の行動は、選手自身の考え方やチームなどに大きな影響を及ぼします。これも、環境が選手の行動・考えに影響をおよぼすのと同じように、相互作用があるためです。
ミスを恐れないで積極的にプレーする選手が、他の選手のチャレンジを褒めたたえてくれたり、他の選手のプレーを「思いっきりプレーできていていいな」と前向きにとらえることはよくあるのではないでしょうか。
この例の中では、「選手の行動が、自身考えや環境に影響を与える」というメカニズムが起きています。
選手はコーチの言動や関わりに大きな影響を受ける
選手はコーチの言動や関わりに大きな影響を受けます。
選手の考え方は、捉え方次第で、コーチからの声かけをポジティブにもネガティブにも捉えることができます。同じように、選手自身のパフォーマンスをどう捉えるかということも選手次第です。
この例の中では、「選手は自分の考えだけでなく、コーチの言動を含めた関わり方に大きな影響を受けている」ということがいえます。
選手自身の頑張りを認めてくれないコーチがいたとしても、選手としては自分で努力したり工夫することで前向きに考えたり行動を起こせます。
しかし、繰り返しコーチからネガティブなメッセージを受け取ってしまうと、コーチの言動には影響を受けてしまうものです。
選手の考え・行動だけではなく、コーチの関わり方や言動で選手にいい影響を与えられたら、選手が今以上に主体的にスポーツに参加することを促せるでしょう。
選手が意欲的に取り組める環境を作るためのコーチの関わり方における2つのポイント
コーチとして、選手に対してどのような関わり方をすれば意欲的に練習に取り組んでもらえる練習環境を作れるでしょうか?
意欲的な練習環境を作るためには、選手が行った自己決定を認めたり、自己決定をすることを促すことが大切です。
コーチとして、選手の”自律性”や”自主的に行動する”ことに焦点をあてた関わり方をすることで、選手の意欲を引き出しやすくなります。
選手の自律性や自主的な行動に焦点をあてた関わり方をスポーツ心理学や教育心理学では「自律性支援」と呼びます(van de Pol, Kavussanu, & Kompier, 2015)。
コーチが自律性支援を活用して選手の意欲を引き出す実践例
コーチとして、選手の自律性を重んじた関わり方をする上でのポイントは、「こうしなさい」とコーチから指示をすることよりも、質問をしたり選手の意見を聴く傾聴の姿勢です。
選手の自律性を大切にした関わり方を実践する上での注意点としては、自主的に練習して欲しくて「自主的に練習しなさい!」と言ってしまうことです。
言葉では選手の自主的な行動を促しているようにみえるかもしれませんが、自主的に練習することを指示してしまっているので、逆効果になってしまう可能性が高いです。
そのため、選手が上達したいことややりたいことに耳を傾けたり、質問したりすることが大切です。
選手に質問して返ってきた答えに対して、コーチが「じゃあどうする?」と選手自身に自己決定を促すことで、選手のやる気が高まります。
選手の意欲を引き出したいコーチのヒントになる3つの関わり方
選手の練習への意欲をコーチが引き出すためには、コーチとしてどんなことができるのでしょうか。
ここまでの内容を踏まえて、コーチが取り組める関わり方を下記で3つご紹介します。
関わり方のヒント①選手がやりたいことを練習できる時間を作る
選手の意欲を引き出すために自己決定を促すには、練習の中で好きなことを練習できる時間を作るのが効果的です。
ただし、何の予告も無く「この後10分間は好きなことを練習していいぞ」と切り出してしまうと、選手は戸惑ってしまう可能性があります。
好きなことを練習する時間を作るのであれば、前日の練習後などに翌日の練習内容を予め考えておくように伝えたり、選手と一緒に内容を考えるなど、準備をしておくことで意欲的な練習ができるでしょう。
そして、選手が好きな練習をしている時は、コーチは見守ったり選手の練習を手伝ったりとサポート役にまわるとよいでしょう。
練習が終わったら、成長したことや課題などを振り返る学びの時間を作ると練習したことを次に活かしやすくなります。
関わり方のヒント②選手が決めたことをコーチが積極的に認める
選手が決めたことをコーチが積極的に認めることは、選手の意欲を引き出す上ではとても大切です。コーチが選手が決めたことを積極的に認めることで、選手が自己決定を続けやすくなります。
例えば、全体練習の中で練習の目的とは違ったプレーをした時にはそのプレーを選んだ意図を選手に確認してみるのは、選手の決定を認める良い機会になるでしょう。
結果的にミスをしてしまったとしても、「状況を判断した結果選んだプレーが良かったと思った」など自分で判断した結果選んだプレーであれば、その姿勢を認めてあげましょう。
この時にミスしてしまったことを指摘したり叱責してしまうと、次に自分で判断するチャンスが来たとしてもコーチに委縮して選手がミスを恐れてしまう可能性があります。
選手の自己決定を尊重すると決めたら、ミスよりも自分で判断した姿勢に注目するように心がけましょう。
Mistakes are OKリンク
関わり方のヒント③コーチ自身が結果よりもプロセスに目を向ける練習をする
コーチ自身が結果よりもプロセスに目を向けた練習をすることは、選手の意欲を引き出す上では大切です。なぜならば、選手の自己決定の機会をコーチとして褒めやすくなるからです。
もしコーチとして、普段の練習で選手のプレーにおける結果ばかり注目しているとしたら、コーチ自身が目標設定を通してプロセスに目を向ける練習をしてみるとよいでしょう。コーチとしての目標設定のやり方としては、大きく2つの手順があります。
- コーチが自分で取り組むことに対して目標を立てる
- 目標に対する結果ではなくプロセスを評価
例えば、コーチングの本を1章分読むことを目標にしたとすれば、1時間取り組むことを決めて、気が散らないようにスマートフォンは離れたところに置いておくことを本を読むために必要な取り組みとします。
実際に読んでみた後は、1時間スマートフォンを離れた場所に置いておいて読書をしたプロセスを振り返ってみましょう。
実際に計画通りに読書に打ち込めたら、その姿勢を評価しましょう。もし、疲れが先行してしまい読書ができなかったとしたら、次に読書をする為の改善方法を考えてみましょう。
この目標に対する改善方法の例としては、「夜は疲れてしまうから朝早く起きて読書の時間を作る」といったことが挙げられます。
コーチとしての目標設定のポイントとしては、実際に目標に対して取り組んだプロセスから学んで、次により良い取り組みができるように改善していくことです。
この一連の流れがコーチとして身につくことで、選手のプロセスも見やすくなり、選手が決めたことなどを褒めやすくなるので、コーチとして選手の意欲を引き出す関わり方のヒントを得られるでしょう。
まとめ
選手が意欲的に練習に取り組めるようにするには、コーチが選手とどのように関わるかがとても大切です。なぜならば、コーチの選手に対する関わり方次第で、選手の意欲を引き出すことにも、意欲をなくすことにもつながるからです。
コーチとして選手の意欲を引き出すためには下記のポイントがあります。
- 選手の自己決定を認めたり褒めたりする
- 選手が自己決定をしやすい練習や機会を作る
- 選手の自律性をサポートする
コーチが上記の3つのような取り組みをすると選手の意欲を引き出しやすくなります(Occhino, Mallett, Rynne, & Carlisle, 2014)。ただし、注意点としては、「自主的に練習しなさい」とコーチが選手に対して指示してしまわないことがあります。
指示を出してやらせるのは、これまでのスポーツ指導では当たり前のように行われてきました。しかし、指示を与えすぎると選手の自己決定の機会が失われるだけでなく、スポーツに対するモチベーションの低下をまねくことにもつながります。
選手の自己決定を促す練習は、始めのうちは時間もかかり遠回りをすることも多々あるでしょう。しかし、その試行錯誤のプロセスは、選手の自己決定をする力を養い、スポーツに対して主体的な行動につながりやすくなります。
目先の成果ではなく少し遠くの未来を選手と一緒に見ながら、選手と共に学びや成長のプロセスを楽しんでみてはどうでしょうか?
参考文献
Bandura, A. (1991). Social cognitive theory of self-regulation. Organizational Behavior and Human Decision Process, 50, 248–287.
Occhino, J. L., Mallett, C. J., Rynne, S. B., & Carlisle, K. N. (2014). Autonomy-supportive pedagogical approach to sports coaching: Research, challenges and opportunities. International Journal of Sports Science & Coaching, 9(2), 401–415.
van de Pol, P. K., Kavussanu, M., & Kompier, M. (2015). Autonomy support and motivational responses across training and competition in individual and team sports. Journal of Applied Social Psychology, 45(12), 697–710.
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
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数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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