抑えるよりも捉え方を変える〜指導中に湧き上がる怒りを対処する方法〜

コーチングステーションメルマガ

ふと気がつくと、指導中に選手に必要以上に厳しい声をかけてしまっている。

怒らないように心がけているにも関わらず、結局我慢できずに選手の不甲斐ないプレーに対して腹が立ってしまった。

きっと多くの方が経験した事があるのではないでしょうか。

指導する上で、選手を鼓舞する目的で熱くなるのはいい事ではありますが、度が過ぎて選手を萎縮させてしまっては逆効果です。

何よりも「怒り」の感情が前に出てしまった時は、怒りの感情に振り回されてしまっている事が多いでしょう。

怒らない方がいいのは分かっているが、でも湧き上がってくる怒りの感情をどう対処していいか分からない。

本記事ではストレスマネジメントの研究を参考にしながら、怒らない方法を知りたい人にとって何かヒントになるようなアイディアをご紹介していきます。

怒りに支配されるとどうなるか?

怒りに支配されてしまうと相手に対してとげのある発言をしてしまったり体罰をしてしまったりします。

怒りの感情は攻撃性と関係している

怒りの感情は、「攻撃性」と大きく関係しています。

この攻撃性には、肉体的に相手を攻撃してしまう性質と、言葉を用いて相手の精神面への攻撃の2種類が挙げられます。

興味深いのは、怒りの感情が高いと攻撃性が高まる関係は、フィジカルコンタクトがあるスポーツと無いスポーツの両方で見られる点です (Ahmadi, Besharat, Azizi, & Larijani, 2011)。

言い換えると、競技を問わず怒りの感情が高まれば、対戦相手やチームメイトに対して攻撃的になってしまうと言えます。

スポーツコーチにおける怒りの感情はネガティブな影響を及ぼす

スポーツコーチにおける怒りの感情は自分自身にとっても相手にとってもネガティブな影響を及ぼします。

スポーツコーチに対して行った感情のコントロールの研究でも、怒りの感情があらゆる場面でネガティブに働いてしまうことが報告されています。

LeeとChelladuraiの研究では、怒りの感情に振り回されてしまうと選手とのコミュニケーションで攻撃的になってしまう、感情的に疲れてしてしまう傾向があることが報告されています (Lee & Chelladurai, 2016)。

別の研究では、指導者が適切に感情を表現出来ていないと、選手、審判、メディアなどに対して攻撃的になってしまう為、感情のコントロールが必要であると説明しています (Lee, Chelladurai, & Kim, 2015)。

怒りがネガティブに働いている様子は、実際のスポーツ場面でも多く見かけたことがあるかと思いますが、研究でも怒りのネガティブな側面は報告されています。

具体的に「怒る」と「叱る」については過去の記事でも紹介されているので、そちらもご覧ください。

感情のメカニズムを知ることは怒らないための第一歩

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感情のメカニズムを知ることで、怒らない方法を実践するための第一歩が歩めます。

そもそも、感情はどのようにして湧き上がってくるのでしょうか?

今回は、感情のコントロールの研究を数多くしているJames Gross博士が紹介しているモデル (Gross, 2015) を参考にしてみます。

感情は自分が出来事をどのように捉えるかによって湧き出る

感情は、起こった出来事に対して自分がどのように捉えるかによってポジティブにもネガティブにもなります。

そもそも感情は特定の出来事に対して、どんな意味や価値があるか捉えている時に湧いてきます。

例えば、「選手のシュートが外れた」という出来事に対して「シュートが外れて勝ちから遠のく」、と捉えた(価値をつけた)結果、シュートが外れたことに対して怒りの感情が湧き上がってきます。

この「起きた出来事」「自分が期待していた結果」の間に生まれたギャップが怒りを引き起こします。

この感情が湧き上がるプロセスは、以下の5つのステップで説明されています。

  1. 特定の場面を取り上げる
  2. その場面に注意が向く
  3. 注意が向いた場面をはっきりと捉える
  4. 捉えた場面に意味や価値をつける
  5. その価値に従ってアクションが起こる

先のシュートを外した場面を例に上のプロセスを当てはめてみましょう。

  1. 「選手のシュートが外れた」という場面に直面する
  2. シュートを外したことに注意が向く
  3. 「選手がシュートを外した」とはっきり捉える
  4. 「シュートを外した」ことが「勝ちから遠のく」という意味で捉えられる
  5. 「勝ちから遠のく」と認識した結果、シュートが外れた事に対して怒りが込み上げてくる

このように細かく分けて感情が湧き起こるプロセスを見てみると、感情は自分が目の前の出来事をどう捉えているかに大きく影響していることが分かります。

怒りの感情のコントロールする為の第一歩は、目の前の捉え方を変えることで怒りが湧きにくくなるのを知ることです。

感情のコントロール方法:「抑制」と「捉え方の変化」

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感情のコントロール方法は数多く紹介されていますが、今回はその中でも「抑制」「捉え方の変化」の2つに焦点を当ててみます。     

これらは感情のコントロールやストレスマネジメントの研究でよく取り上げられる方法でもあります。

怒らないための感情のコントロール:「抑制」

抑制は、湧き上がった感情を抑え込もうとする方法です。

自分の中で怒りの感情が湧き上がってきたら、「怒らないようにしよう」と怒りの感情を抑え込もうとするのが抑制です。

怒らないための感情のコントロール方法:「捉え方の変化」

普段怒りの感情が湧き上がりやすい出来事に対して、考え方や捉え方を変えて怒りが湧き上がらないようにトレーニングするのが「捉え方の変化」にあたります。

別の言い方をすると、「予防」にあたるのが「捉え方の変化」のトレーニングで、「対策」にあたるのが「抑制」です。

捉え方を変化させたほうが怒らないようになる

怒らない方法のポイントとして、感情を抑制するよりも捉え方を変化させたほうが結果的に怒らなくなります。

「抑制」と「捉え方の変化」の2つの方法における効果を検証する為に、Etkinら (2015)は、被験者を抑制と捉え方を変えるトレーニングの2つのグループに分けて、それぞれの方法を使った時の脳の反応を分析しました。

その結果、抑制と捉え方を変えるトレーニングの両方で認められていますが、より効果があったのは「捉え方の変化」であったと報告しています。

怒りの感情が湧き上がってから抑え込もうとするよりも、そもそも怒りの感情が湧き上がらないように捉えるようにすることで、指導中に必要以上に怒ることを減らせることが分かります。

捉え方を変えるトレーニング方法のポイント

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怒りの感情を含めた負の感情をコントロールする方法として「抑制」「捉え方の変化」の2つを紹介しました。

そこで今回は、より高い感情のコントロールの効果があった捉え方を変えていく為のトレーニング方法をいくつかご紹介します。

いずれのトレーニング方法でもポイントになってくるのは、「自分の考え方に気づいて、より良い考え方や捉え方へ置き換えていく」ことです。

また、いずれの方法もフィジカルやスポーツスキルのトレーニング同様、反復・継続して行うことがもっとも大切です。

この長期的な継続を支える為にも、少しでも自分をコントロール出来た時にはこの「小さな達成感」を味わうようにしましょう。

日々取り組み続けることを目標にして、小さな変化や取り組みでも実際に行えたならその事を小さな達成感として味わうことで、長い期間取り組み続けやすくなります。

ノートに自分の使っている言葉や態度を書き出してみる

まず、自分がつい怒ってしまう場面を思い出して、その場面をノートに細かく書き出してみます。

ある程度場面が具体的に書き出せたら、怒ってしまう出来事(シュートが外れた、相手に抜かれてしまった、など)をどう捉えているか注目して下さい

その捉え方を改めて自分の言葉で書き出したら、どのように捉えたら怒らずに済むか考えてみましょう。

例えば、シュートが外れた場面を想定した場合、「いい選手でも何本も外すことは普通だ」、「シュートまでのアプローチが良ければ、次は決まる」といった目線での捉え方が考えられそうです。

捉え方がいくつか思い浮かんだら、怒ってしまう場面では怒らずに済む考え方をするように、ノートに書き出して自分に言い聞かせます。

この作業を繰り返していくことで、少しずつ「実際の出来事」と「自分の期待」のギャップが小さくなり、怒りの感情が湧き起こるのを抑えることが出来ます。

実際に使っているネガティブな言葉からポジティブな言葉に変える

つい怒ってしまう場面で 使っている言葉をポジティブな言葉に変えてみましょう。

例えば、シュートが外れた時に「あーっ!!」と声を荒げてしまっているとしたら、「シュートまでの流れは良かったぞ!」といった具合に意識的に使う言葉を変えていきます。

その為には、まず自分が使っている言葉に気づく必要がありますので、先に紹介したノートでの振り返りで書き出したポジティブな言葉を、予め頭の中に入れておきましょう。

実際に使っている言葉が変わっていけば、自分だけでなく選手の反応も変わってきます。

イメージトレーニングで「こうありたい」と思う自分をイメージする

人間の脳の性質上、人間の行動や考え方は普段からイメージしている物に大きく影響を受けます。

ネガティブなイメージや言葉を日頃から使っていると、脳は自然とネガティブな情報を受け入れやすくなります。

反対にポジティブなイメージや言葉やイメージを使っていると、ポジティブな情報を取り込みやすい仕組みになります。

この性質を利用して、自分が怒ってしまう場面で「こう振る舞いたい」と思う自分をイメージの中で繰り返し作り上げてみます。

30秒程度の短い時間でも、繰り返し行っていけば自分の態度や言葉に変化が出てくることが期待できます。

まとめ

怒りも含めて、感情は突発的に湧き上がりコントロールするのが難しく、怒りの感情のような負の感情に振り回されると、コーチングや選手とのコミュニケーションに悪影響を及ぼします。

特に、感情は特定の出来事をどう捉えているかに影響される部分が大きいので、自分が怒ってしまう場面をどう捉えているかを知ることが感情のコントロールの第一歩です。

怒りの感情をコントロールする方法には、湧いてきた怒りを抑え込む「抑制」と事前に怒らずに済む捉え方に変える「捉え方の変化」の2つがありますが、「捉え方の変化」の方がより効果的であることは過去の研究で報告されています。

捉え方を変えるトレーニングとしては、ノートに怒ってしまう場面を書き出してその中で適切な捉え方を確認する、実際に使っている言葉をポジティブな言葉に変える、怒らずに適切な態度で対応している自分をイメージする、といった方法が挙げられます。

今回の内容を参考にして、これまで手を焼いていた怒りの感情を自分でコントロールして、選手とポジティブな関係を作り上げられるような指導に結びつけてもらえたらこれ以上嬉しいことはありません。

参考文献

Ahmadi, S. S., Besharat, M. A., Azizi, K., & Larijani, R. (2011). The relationship between dimensions of anger and aggression in contact and noncontact sports Procedia-Social and Behavioral Sciences, 30, 247–251.

D’Innocenzo, G., Gonzalez, C. C., Williams, A. M., & Bishop, D. T. (2016). Looking to learn: the effects of visual guidance on observational learning of the golf swing. PloS one, 11(5), e0155442.

Ericsson, A., & Pool, R. (2016). Peak: Secrets from the new science of expertise. : Houghton Mifflin Harcourt.

Ericsson, K. A., Krampe, R., & Tesch-Römer, C. (1993). The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review, 100(3), 363–406.

Etkin, A., Büchel, C., & Gross, J. J. (2015). The neural bases of emotion regulation. Nature Reviews Neuroscience, 16(11), 577–586.

Gross, J. J. (2015). Emotion regulation: Current status and future prospects, psychological inquiry. Psychological Inquiry, 26(1), 1–26.

Lee, Y. H., & Chelladurai, P. (2016). Affectivity, emotional labor, emotional exhaustion, and emotional intelligence in coaching. Journal of Applied Sport Psychology, 28(2), 170–184.

Lee, Y. H., Chelladurai, P., & Kim, Y. (2015). Emotional labor in sports coaching: Development of a model. International Journal of Sports Science & Coaching, 10(2–3), 561–575.

スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。

主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。

開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!

子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

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略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。