怒る教育と叱る教育には違いがあります。一方的に感情を表出した怒る教育は、両者の関係を悪化してしまいスポーツ教育のみならず学校教育や家庭教育、人材育成の観点からも悪影響を及ぼすことでしょう。
本記事では、怒ると叱るの違いと怒ってしまう原因や叱って教育をするために必要なことについて解説します。
「怒る」と「叱る」の違いは感情が含まれているかどうか
怒ることと叱ることの違いは、そのコミュニケーションの中に感情が含まれているかどうかが教師の世界で語られることが多いと報告されています1)。
特に子供への教育では、親や教師が感情的になってしまうといった場面をよく目にします。スポーツ界においても人間的成長を促すために感情的に怒鳴る指導が行われているというのは否定できません。
怒る原因は感情コントロール力
子供を怒ってしまうという現状の背景としては、親や教師、コーチなど教育者が感情的になってしまうことや何度言っても同じことを子供が繰り返してしまうためイライラしてしまうことなどが背景として挙げられます。
子供の教育に関する親の悩みの調査結果2)の中では、63.7%もの親が「感情的になってしまう」と回答しており、50%もの親が「何度言っても同じことを繰り返す」という悩みを抱えていると報告されています。
こういった延長線上に子供への虐待や殺害にまで及んでいるケースも報告されています3)。
つまり、子供を怒ってしまう原因は、親や教師、コーチの感情をコントロールする能力に課題があります。
感情のコントロールについては、下記の記事を参考にしてみてください。
叱ることは信頼関係を良くする
怒りの感情を含まない「叱る」教育は、お互いの信頼関係を築くことにもつながります。当然のことながら、信頼関係を築くためには、ほめることも必要で、使い分ける必要があります。
石川3)によれば、ほめることがオーバーになりすぎると、相手の心に届かないことが述べられており、ほめるだけの教育は危険性もはらんでいることが示唆されています。
逆に叱ることも取り入れることによって、間違ったことへの指摘により相手の信頼感が増すことも述べています。
つまり叱る教育は、正しく用いる事によって信頼関係を築き上げることにつながるのです。叱り方に関する記事は過去にあるので下記を参考にしてみてください。
怒ることは相手との相互理解を妨げてしまう
怒る教育は相手との相互理解を妨げてしまう可能性が高いです。なぜならば、荘厳ら4)の研究結果の中で可能性が示唆されているためです。
この研究結果の中では、母親の感情が子供の行動へどのように影響しているのかを調査しています。調査のなかで、母親の感情表現パターンは下記のように4つあることが報告されています。
- ポジティブな感情もネガティブな感情も表現する母親
- ネガティブな感情もポジティブな感情もあまり表現しない母親
- ポジティブな感情は表現するがネガティブな感情は表現しない母親
- ネガティブな感情は表現するがポジティブな感情は表現しない母親
この中で怒ることが中心となる教育はネガティブな表現はするがポジティブ感情は表現しない母親と同じです。
母親と子供について荘厳4)は、母親と子供の密接な感情経験を共有することを制限されている可能性があると指摘しています。
このように怒る教育は、お互いの感情経験の共有を制限してしまい、相互理解を妨げてしまうことが言えます。つまり、教育する側に求められることして感情の制御が重要であり、お互いの信頼関係へつながり教育としてのコミュニケーションが円滑になるといえます。
自分の感情をコントロールするための2つのスポーツ心理学におけるトレーニング方法
自分の感情をコントロールするための2つのスポーツ心理学におけるトレーニング方法としては、自分自身の捉え方を変えることと、自分自身の態度を変えるやり方があります。
ただし、感情をコントロールする術を身に着けるためにインスタントな方法はなく、長期間かけて身に着けなければなりません。
感情をコントロールするために自分自身の捉え方を変える
自分自身の感情をコントロールするためには、自分自身の捉え方を変えなければなりません。なぜならば、感情とは出来事に対する反応のことであり、捉え方によって反応が異なります。
例えば、部下や子供がミスをしたとして捉え方としては何通りか考えられます。部下のミスをダメなことだとして捉える場合もあれば、一つの成長のきっかけとして捉える場合もあるでしょう。あるいは、ミスはミスだがミスを成長に活かすという考え方もあるかもしれません。
つまり、自分自身が出来事に対してどのように捉えているのかを自分自身で認識する必要があるのです。何か出来事が起こった時に「今自分はどう捉えたのかな?」「どう行動すれば良いのかな?」と問いかけてみると良いでしょう。
部下や子供がミスを犯したときに、ミスに対して自分はどう感じるのか、相手にどのように対応すればいいのかが見えてきます。
おそらくミスはダメなことだとして捉えている人は怒ってしまうかもしれませんし、ミスはミスだが次に活かすきっかけとして捉えている人にとっては、叱る行動を選択するかもしれません。
感情をコントロールするために自分自身の態度を変える
自分自身の感情をコントロールするために自分自身の態度を変えるのも一つの手です。どちらかといえばこちらのほうがインスタントに近いかもしれません。
自分自身の態度とは、表情や声のトーンといったことを意図的にコントロールすることで感情をコントロールする方法です。心と体は表裏一体であり、心を変えれば体への反応は変わり、体が変われば心への反応もかわります。
例えば怒ってしまいそうになったときに、あえて自分自身の表情を笑顔や冷静な顔にすることによって、心も落ち着かせるという方法です。
まとめ
怒ると叱るの違いは感情が含まれているかどうかです。怒ってしまう理由としては、教育者が感情をコントロールできていないことが挙げられます。
ただし、叱ることは教育の一環であり、信頼関係につながります。一方で怒る教育は相手との相互理解を妨げてしまい、教育の効率を妨げてしまいます。上手く叱るためには、感情をコントロールする術を身に着けなければなりませんが、インスタントはありません。
長い時間放置していた感情制御のスキルを身に着けて叱り方をマスターしうまく子供や部下、選手を教育してみませんか?
引用参考文献
1) 伊佐夏実(2009).教師ストラテジーとしての感情労働 教育社会学研究84:125-144.
2)2012年7/26から7/30の5日間5歳までの子供を持つ母親へのインターネット調査(有効回答300件)AERA with baby2012/10「しつけの悩みその正体」pp14-16.
3) 石川真由美(2013).育児書・育児雑誌におけるしつけに関する考え方の分析―「叱る」「ほめる」に着目して― 愛知教育大学幼児教育研究17:29-37.
4)荘厳舜哉,益谷真,今川真治,中道正之(1989).母親の感情表出スタイルと13か月齢の子供の感情行動 教育心理学研究37(4):52-57.
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バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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