指導者のコミュニケーション能力が向上すると選手のパフォーマンスが向上につながりやすい

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近年、各スポーツ場面において指導者と選手の在り方が問われる出来事が目につきます。その多くの場合は、指導者から選手への行き過ぎた一方通行の関係が原因になっているように見受けられます。

一方で指導者と選手が健全にコミュニケーションを取り合える事で個人やチームのパフォーマンスが改善されるケースも少なくありません。スポーツに限らず、話しやすい上司や先生の元では生き生きと仕事や勉強が出来た、という経験は皆さんもあるのではないでしょうか。

本記事では指導者のコミュニケーション能力がいかに選手のパフォーマンスに影響するかについて解説します。加えて、選手のパフォーマンス向上に繋がるコミュニケーションの取り組みについてもご紹介します。

指導者の高いコミュニケーション能力は選手の内発的動機を高める

まず大前提として、本記事における「高いコミュニケーション能力」は、「有能性」、「自律性」、「関係性」と呼ばれる3つの心理的ニーズ(欲求)を満たすようなコミュニケーションが取れる能力、とします。

この3つの心理的ニーズは、自己決定理論(Deci & Ryan, 2002)の中で説明されているもので、この3つの心理的ニーズが満たされる事で選手が行なっているスポーツに対する内発的動機が高まるというメカニズムであると説明されています。

自信を育む有能性

「有能性」は、自分自身が選手として能力がある、自身のスキルに対して自信があるなど、自身の有能感に対するニーズです。チームメイトや指導者から選手としての能力やスポーツの技術を認めてもらえた時や、自分自身で自分のスポーツのスキルに自信が持てた時などに有能性は満たされます。

自由な選択を与える自律性

次に「自律性」は、自由に選択出来る状況に対するニーズです。一方的にやらされている練習では自律性は満たされませんが、全体練習の中で組まれた自由練習の時に自分で練習ドリルを選べるような場面では自律性は満たされます。

居場所・役割を明確に感じさせる関係性

そして「関係性」は、グループやコミュニティ内での自分の居場所や役割に対するニーズです。関係性が満たされている具体的な状況は、チームやクラブ内での自分の役割が明確である、チームメイトやダブルスのパートナーとの関係が良好である、指導者に対して信頼がある、といったスポーツにおける対人関係が良好である状況です。

上記のように、指導者と選手のコミュニケーションが円滑に行われている状態、すなわち選手の「有能性」、「自律性」、「関係性」が満たされるようなコミュニケーションが取れている状態は、結果として内発的動機が高まる事が期待出来ます。

内発的動機とは自ら取り組む意欲

内発的動機づけとは自ら取り組む意欲のことです。

Ryan & Deci博士の研究では、内発的に動機づけられている状態は、愉しみや興味によって行動を起こしている、または困難に対してチャレンジしている状態であると説明しています。

反対に外発的に動機づけられている状態は「プレッシャーや報酬によって行動を起こしている状態」と説明しています(Ryan & Deci, 2000)。

例えば、自分が興味のある練習を誰から言われる訳でもなく自ら黙々と取り組んでいる、またはなかなか上達しないシュートを向上させる為に何度ミスしても前向きに繰り返し取り組んでいる状態などは、内発的に動機づけられている状態といえます。

反対に外発的に取り組んでいる状態は、やらなかったらペナルティを課せられる、自分はあまり納得していないが指導者から言われたから仕方なくやっている、といった心理状態です。

選手が練習をする意欲が外発的な動機によるものだと「やらされている練習」になりがちです。

一方で選手のスポーツに対する興味や困難な練習に前向きに取り組める気持ちといった内発的な動機が尊重されていると、選手は自ら練習に取り組みやすくなります。

この内発的な動機の高まりによって練習への取り組み度合いが高まり、充実した練習が積み重なってパフォーマンスの向上へと繋がります。

内発的動機が高まると学習意欲が高まり目標に対する課題に長期間取り組める

そして、内発的動機がもたらす効果としては、学習意欲が高まる事と目標に対する課題に長期間継続して取り組む上で効果的なモチベーションになり得る事が挙げられます(Ryan & Deci, 2000)。

難しい練習を繰り返していると当然たくさんミスを重ねて上手くいかない経験も数多くする事になります。

この時、外発的に動機づけられている選手は自分のパフォーマンスの成功や失敗に意識が向きがちになります。その結果として、結果によって一喜一憂してしまい気持ちの浮き沈みが激しくなります。

対して、内発的に動機づけられている選手は失敗した理由を分析して次に活かすためのヒントを見つける傾向があります(Colquitt & Simmering, 1998)。

この考え方は常に自分が出来る事に注意が向くため、結果に気持ちが左右される事なく取り組みに対して一定のモチベーションを保つ事ができます。

その結果、難しい練習であっても長期間に渡って取り組み続ける事が出来るようになり、苦手の克服や新しい技術の習得に繋がります。

内発的動機を高めるコミュニケーション

内発的動機を高めるコミュニケーションとして、De Muynickらの研究(2017)とCheonらのロンドンパラリンピックでの応用例(2015)を参考に、選手の内発的動機を高めるコミュニケーションのアイディアを下記に紹介していきます。

選手の長所を積極的に褒める

 選手の長所や優れているプレーを積極的に褒める事で、選手の有能性が満たされやすくなります。

選手のパフォーマンスに対しても、成功・失敗に対する指摘ではなく実際のパフォーマンスのどのような部分が良かったかを指摘する事で選手の有能感は高まりやすくなります(De Muynck et al., 2017)。

オプションを与える

 一方的にやる事を渡すのではなく、「フォアハンドのクロス打ちとストレート打ちのどっちを練習したい?」といった選択肢を渡すような聞き方をする事で、選手の自律性を尊重する事ができます。

選手に選択肢を与えるような質問に加えて、選手の選択を尊重するような関わり方をする事で選手はより自律性を感じられます。

グループで話す機会を作る

 1対1での対話も大切ですが、指導者一人に対して複数の選手と話す「グループトーク」を活用すれば指導者と選手間の距離感と選手同士の距離感が縮める事が期待できて関係性を満たす事につながります。

選手のミスや問題点を指摘するのではく、問題点について一緒に話し合う

 Cheonらはロンドンパラリンピックの際に、4つの競技団体(アーチェリー、ボッチャ、水泳、卓球)の指導者に対して選手の心理的ニーズを満たす為の関わり方についてのセッションを行い、その際に選手の問題点を指摘するのではなく問題点を認め受け入れて、一緒にその問題点を解決する関わり方を推奨しています。

この関わり方を導入した結果、上記の4団体は好成績を残した事が報告されています。

 この研究の内容を実際の指導へ応用すると、選手がミスを重ねている場面に出くわした時には、一方的にミスを指摘するのではなく選手の話を聞きながらミスの原因を探っていく事で、問題を解決しつつ選手の心理的ニーズを満たす事も大いに期待出来ます。

まとめ

本記事は指導者と選手間の良好なコミュニケーションの1つの考え方として、内発的動機に大きく関わっている「有能性」、「自律性」、「関係性」、の心理的ニーズを満たす指導者のコミュニケーション能力の重要性について説明してきました。

ミスから学ぶ、困難な練習や取り組みに長期間に渡って取り組み続ける事は、選手の能力を向上させる上では避けては通れません。その為には、選手の内発的動機を高める事が有効です。

選手を内発的に動機づける為には、選手の「有能性」、「自律性」、「関係性」を満たすようなコミュニケーション能力と関わり方が効果的な方法として挙げられます。選手が内発的に動機づけられて練習への取り組みが増した結果、選手の能力が効果的に向上していく事が期待出来ます。

このように、3つの心理的ニーズを満たすような指導者と選手のコミュニケーションが取れる事で、選手のスポーツ選手としての能力の向上に繋がっていきます。

参考文献

Cheon, S. H., Reeve, J., Lee, J., & Lee, Y. (2015). Giving and receiving autonomy support in a high-stakes sport context: A field-based experiment during the 2012 London Paralympic Games. Psychology of Sport and Exercise, 19, 59–69.

Colquitt, J. A., & Simmering, M. J. (1998). Conscientiousness, goal orientation, and motivation to learn during the learning process: A longitudinal study. Journal of Applied Psychology, 83(4), 654.

De Muynck, G. J., Vansteenkiste, M., Delrue, J., Aelterman, N., Haerens, L., & Soenens, B. (2017). The effects of feedback valence and style on need satisfaction, self-talk, and perseverance among tennis players: An experimental study. Journal of Sport & Exercise Psychology, 39(1), 67–80.

Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2002). Overview of self-determination theory: An organismic dialectical perspective. Handbook of self-determination research, 3–33.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2000). Intrinsic and extrinsic motivations: Classic definitions and new directions. Contemporary Educational Psychology, 25, 54–67.

スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

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開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

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子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

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略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。