目標設定の質は選手の考え方に影響する〜成長目標を活用し子どもを育む〜

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勉強やスポーツなどにおいて目標を立てるのは日常的に行われており、特にモチベーションを高める目的で使われる事が多いと思います。

モチベーションを高める目的以外にも、目標設定は学習や練習の効果を高める手段として頻繁に用いられ、スポーツ心理学や教育心理学において研究も数多く積み重ねられてきています。

近年の研究では、立てた目標の中身が私たちの考え方やマインドセットに与える影響についても検証が進んでいます。

普段何気なく目標を立てしまっている事も多いかと思いますが、実はどのような目標を立てるかによって、自分の考え方や行動にも大きな影響を与えているのです。

そこで今回の記事では、目標設定の中身がどのように私たちの考え方に影響を与えているかについて触れていきます。そして、指導者が選手のパフォーマンス向上に役立つ目標設定をする上で大切なポイントについてもご紹介していきます。

中心の考え方か?成長や自分の取り組みに気が向いているか?

目標が私たちに与える影響として、立てた目標の中身によって「結果を気にする事が多くなる」「自分自身の成長を気にする事が多くなる」のどちらかの傾向が強くなる事が挙げられます。

これらはスポーツ心理学では、結果志向性(プレーの結果、勝敗、他者比較などに注意が向く)と課題志向性(プレーの質、自身の成長、自己比較などに注意が向く)という言葉で説明されています(中須賀巧 et al., 2014)。

これらの志向性の違いですが、自我志向性が強すぎるとミスに対しても注意が向きすぎるようになり、ミスを恐れたりチャレンジを避けるようになってしまいます

一方で課題志向性が強くなると、パフォーマンスの結果よりも自分のパフォーマンスの中身や自分自身の成長度合いに注意が向くようになります。その結果、ミスやチャレンジに対しても前向きに捉える事が出来るようになります。

例えば、立てている目標が「ライバルチームに勝つ」、「優勝する」といった結果にフォーカスしていると、プレー中の成功や失敗、試合の勝ち負け、対戦相手や競っているチームメイトと比較などに注意が向きやすくなります。その結果、結果志向性が強くなります。

一方で、「今練習しているフットワークを身につける」、「昨日出来が良くなかった角度からのシュートを練習する」などの自身の成長が強調されている目標を立てていると、自分の成長に目が向きやすくなります。これにより、課題志向性が強くなります。

この性質から、目標設定をする際には課題志向性を高めるような成長を強調した内容の目標設定をすることが好ましいと言えます。そうする事で、目標設定を通してミスやチャレンジから学んで成長する考え方を養う事が出来ます。

パフォーマンス目標(結果目標)と成長目標

上記で説明した自我志向性はパフォーマンス目標と深く関係しており、課題志向性は成長目標と深い関係があります(Urdan & Kaplan, 2020)。

パフォーマンス目標

パフォーマンス目標は、目標の中身が試合や他者比較に関する内容の目標の事を指し、「試合で勝つ」、「ライバルに負けない」などが挙げられます。多くの場合、勝ち負けや成功や失敗などの結果にフォーカスされている為、目標達成の評価が成功か失敗かの2択になりがちです。

このタイプの目標は自然と結果を意識した目標になる事が多く、試合の結果、勝敗、成功か失敗かなどの結果に目が向きやすくなってしまいます。

結果を意識した目標の評価を繰り返していると、自分のパフォーマンスの判断基準が結果の成否に自然と向くようになってしまいます。

成長目標

成長目標は「シュートを上達させ為にボールリリースのタイミングを練習する」、「苦手にしているドリブルを克服する為にハンドリングの練習をする」など、自分の技術上達や成長に関する内容が目標となっており、この目標設定をすることで過去の自分との比較を通して自身の成長に注意が向くようになります。

しかし、上達の手応えがあまり得られなかった練習の日も当然あります。そんな時は充実感もあまりなく気落ちしてしまうこともあります。

選手が「じゃあ、次の練習をさらに充実させるには、どうすればいいか?」と考えることで、上手くいかなかった練習から次の練習を充実させるためのヒントを得ることもできます。次の上達のヒントが見つかれば前向きな気持ちにもなれます。

このような特徴から、成長目標を活用する事で長期的に成長し続けることに注意・関心が向きやすくなり、その結果、成長志向が養われてきます。

ですが、これはパフォーマンス目標が悪いという訳では決してありません。試合やライバルを意識する事でモチベーションを高める事も出来ますし、十分に身についたスキルを発揮する時には、具体的なパフォーマンス目標の方が実力を発揮しやすい側面もあります。

今回は成長目標の特徴を強調した内容になっていますが、理想はパフォーマンス目標と成長目標の特徴を理解した上で両方を使い分けられるのが理想である事はお伝えしておきます。

目標設定に必要な8つのチェックリスト

ここまで、成長目標の特徴やメリットについてご紹介しました。ここからは、立てた目標がより練習のモチベーションを高めて、成長を促すような成長目標にするために必要な8つのポイントをご紹介していきます (Zimmerman & Schunk, 2008)。

1.具体的な目標

 漠然とした「頑張る」という目標では上達には繋がりません。「シュートの精度を高める為に、ボールリリースのタイミングを同じにする」など、出来るだけ具体的な目標の方が上達に繋がります。

2.短期目標

 その日の練習の目標のような短期目標は、取り組んだ内容や練習の効果に対する検証がしやすいので、成長を実感しやすくさせるメリットがあります。

3.長期目標に繋がるように段階的に短期目標を立てる

 一方で、長期的に取り組める目標も成長には欠かせません。短期目標の積み重ねが長期目標に到達できるような目標の立て方をすると、日々の練習が大きな目標に繋がる実感を得られやすくなります。

.自分の目標に対して周りの理解がある

 選手が自分で立てた目標に対して指導者が「そんな目標はお前には高すぎる!」と理解を示さなかったら、選手は立てた目標にコミット出来ません。選手、指導者、保護者など周りの人の理解がある目標の方が成長を促します。       

5.挑戦的な目標である

 簡単すぎる目標を達成しても達成感も無ければ成長の実感も感じられません。反対に難しすぎる目標では、達成しようとする意欲が湧きません。目標の難易度は、本人の感覚で「簡単すぎず難しすぎない」難易度の目標にするのが成長する上ではもっとも効果的です。

6.自分で立てた目標である

  指導者が一方的に与えた目標よりも、選手が自ら立てた成長目標の方が目標へのコミットも高い事に加えて、選手の主体的な行動にも繋がりやすいとされています。これは選手が「自分で決めた(自己決定した)目標だ」という認識が自主的な行動に結びつきやすいのが理由です(Ryan & Deci, 2020)。

7.目標を振り返って気づきを得る

 目標を一度立てた後にそのままにしてしまうと、目標を立てた意味がありません。立てた目標を自分の成長に活かすには、目標の進展や目標に対する取り組みに対する振り返りをする事で学びを得られます。定期的に振り返る仕組みを作って、成長度合いを振り返るようにしましょう。

8.成長のプロセスが強調された目標

 成長目標を作る上では、過去の自分と比較する事、取り組みに対してフィードバックをもらう事、の2点を意識する必要があります。自分の成長を他者比較ではなく過去の自分と比べてどれだけ成長したかを比較する事で、自己肯定感や自己効力感の高まりに繋がります。また、目標に対する進捗を指導者やチームメイトからもらえると、より自己の成長を自覚する事が出来ます。

まとめ

スポーツの練習や指導において、目標設定はモチベーションを高める方法として当たり前のように使われています。一方で、立てた目標が自分の行動や考え方に与える影響も無視することは出来ません。

目標設定の中身は、結果やパフォーマンスの成功か失敗を強く意識している自我志向性か、取り組みやプロセスを重視した課題志向性のどちらかに分類することが出来ます。

立てている目標が他者比較やパフォーマンスの成功や失敗を強く意識したパフォーマンス目標だと自我志向性が強くなり、成長したい事を強調した成長目標だった場合は課題志向性が強くなります。

つまり、成長をより促すには日頃から成長目標を立てて課題志向性を育む事が効果的です。課題志向性が育まれると、ミスやチャレンジに対しても前向きに捉えられるようになる事が期待できます。

そして、より効果的な目標設定が出来るように、この記事で紹介した8つのポイントを踏まえて目標を立てみて下さい。

今回の内容を参考にしてもらい、選手が成長しやすい練習環境を作るヒントを見つけてもらえたら幸いです。

参考文献

中須賀巧, 須﨑康臣, 阪田俊輔, 木村彩, & 杉山佳生. (2014). 動機づけ雰囲気および目標志向性が体育授業に対する好意的態度に与える影響. 体育学研究, 59(1), 315–327.

Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2020). Intrinsic and extrinsic motivation from a self-determination theory perspective: Definitions, theory, practices, and future directions. Contemporary Educational Psychology, 101860.

Urdan, T., & Kaplan, A. (2020). The origins, evolution, and future directions of achievement goal theory. Contemporary Educational Psychology,, 101862.

Zimmerman, B. J., & Schunk, D. H. (2008). An essential dimension of self-regulated learning. In D. H. Schunk & B. J. Zimmerman (Eds.), Motivation and self-regulated learning: Theory, research, and applications (pp. 1–30). New York, NY: Lawrence Erlbaum Associations.

スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

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主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。

開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!

子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

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ABOUTこの記事をかいた人

略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。