ダブル・ゴール・コーチングにおけるスポーツコーチングには大きく分けて2つの目的があります。それは選手の人間力を育成することと、競技力向上を目指すことです。
この勝利(競技力向上)とライフレッスン(人間的成長)の両立を目指したスポーツコーチングを実現するためには、選手の育成段階に合わせてコーチングスタイルを変化させていくことが大切です。
本記事では、勝利とライフレッスンの両立を目指したコーチングを実現するためのコーチングスタイルの使い分けについて紹介します。
スポーツコーチングの2つの目的
スポーツコーチングの目的にはいくつか種類がありますが、アメリカのユーススポーツのスダンダードの1つであるダブル・ゴール・コーチングでは大きく2つあります。
一つは勝利を目指した競技力向上を目的としたコーチング。二つ目として、スポーツから人生の教訓を学んでもらうライフレッスンとしてのコーチングです。
下記ではこの2つについて詳しく解説します。
コーチングの目的①競技力向上
ダブル・ゴールの目的の1つ目としては、競技力向上があります。選手の競技力向上を促すことによって、試合で勝利する可能性が高くなります。
選手の競技力を向上させるためには、選手の熟達(スポーツがうまくなること)を促す必要があります。
選手の熟達を促すためには、専門種目の知識・経験、スキルやトレーニングの知識・経験・スキル、スポーツ科学に関する知識や問題解決思考およびスキルなどが必要になります1) 。
指導するスポーツの種目に応じて、褒める・学ぶ・失敗を許容するコーチングをすることで、上達をうながすことができます。
選手の競技力向上のためのコーチングスキルを身につけることによって、選手のスポーツの上達を促し競技力を向上させ勝利の可能性を高めることができます。
選手の競技力を高めるために努力を褒めて、学びを得てもらい、失敗を許すコーチングの原則については下記の記事を参考にしてみてください。
コーチングの目的②人間的成長
ダブル・ゴール・コーチングのもう1つの目的として、人間的成長があります。
この人間的成長とは、スポーツから人生の教訓を得てもらうことで、選手の人間的成長を促すことを目的としています。
選手の人間的成長を促すために、コーチが持っていたほうが良い知見として、心理学的な知見・経験・スキル、コミュニケーションに関する知識・経験・スキルやカウンセリングの知識・経験・スキル、教育学的な知識・経験・スキル、感情コントロールの知識・経験・スキルなどが必要とされます1)。
こうした知識・経験・スキルを持つことで、一方的に命令するコーチングスタイルから選手の育成を重んじたコーチングスタイルを身につけることにつながります。
スポーツコーチングに効果的な4つのスタイル
選手の競技力向上と人間的成長を促すためのスポーツコーチングには、効果的なスタイルが4つあります。下記では、4つのスポーツコーチングのスタイルについて解説します。
指導型コーチングスタイル
指導型コーチングスタイルでは、競技力向上に役立つコーチングができます。特に新しい技術や戦術などを身につけるためには、選手に指導するスタイルがもっとも効果的です。
この指導型コーチングスタイルでは、選手へ指導するスキルが必要とされますが、成功イメージを描いてもらって成功体験を積んでもらうことや、スポーツオノマトペなどを使って、選手にコツをつかうんでもらうと良いでしょう。
イメージを使った指導型コーチングスタイル
選手にイメージを使ってもらうような指導は、競技力向上のためにはとても効果的です。なぜならば、人の脳にはミラーニューロン細胞と呼ばれる神経細胞があり、観た動きなどを自分でもできるような働きがあるからです。
イメージトレーニング(正式な言葉はメンタルリハーサルやメンタルプラクティス)では、視覚的なイメージもあれば筋感覚的イメージもあります。
視覚イメージの中には、自分から観た視覚イメージと、他者から観た時のような視覚イメージがあります2) 。
この中でも特に効果的なイメージは、自分から観たときの視覚イメージで筋肉の感覚を掴んでもらうような指導です。この筋肉の感覚を掴んでもらうような指導の1つとして、スポーツオノマトペがあります。
スポーツオノマトペで効果的な指導をしよう
スポーツオノマトペとは、スポーツにおける擬音語や擬態語のことで、「五感による感覚印象を言葉で表現する言語活動」3)と定義されています。
このオノマトペには、腰を落として「グッ」と押すといった表現や、相手の懐に「サッ」と身体を入れるといった表現などがあります。
こうしたスポーツオノマトペを選手にわかりやすい形でコーチとして表現できると、「動きのコツ」習得につながりやすく、選手の競技力向上に役立ちます。
指導・育成型コーチングスタイル
指導・育成型コーチングスタイルでは、選手へ具体的な指示を出しながら指導するスタイルと、選手に寄り添い支えるようなコミュニケーションを取る育成スタイルを混ぜたコーチングをすると効果的です。
このコーチングスタイルは特に中級レベルのスポーツ選手への指導において特に効果的で、少し難しい技術を身につけたりうまくいかないことが多いような練習をするときに、モチベーションなどを維持しながらコーチングをすることができます。
育成型コーチングスタイル
育成型コーチングスタイルでは、選手の心理的側面を考慮したコーチングを実施します。身体的にも、技術的にも高いレベルに達した選手は、競技に関する知識などもついてきて、ある程度選手の中で答えを出せる段階です。
育成型コーチングは、コーチから選手へ指導するというよりも、コーチが選手から引き出すということのほうが大切です。選手へのインプットよりもアウトプットを促すことで、選手が自分で気づいて自主的に練習ができるようになります。
パートナーシップ型コーチングスタイル
パートナーシップ型コーチングスタイルは、トップレベルのアスリートにとても効果的です。このパートナーシップ型コーチングスタイルでは、技術的な指導や心理的側面を考慮したコーチングよりも、高度な知識と技術が求められます。
選手の技術レベルに応じてスタイルを使い分けよう
上記では、4つのコーチングスタイルを紹介しました。このコーチングスタイルは、選手の育成段階に応じて使い分けると、選手の競技力向上と人間的成長の両立を目指しやすいです。
下記では、選手の段階を初心者レベル・中級者レベル・上級者レベルに分けて、勝利と人間的成長の両立を目指すうえで効果的なコーチングスタイルについて解説します。
初心者レベルの選手には指導型コーチングが効果的
初心者レベルの選手に効果的なコーチングスタイルは、指導型コーチングスタイルです。初心者レベルの選手は、基本的な技術を次々と習得する段階です。
そのため、どんなことをしても上手くなっていくことが多く、選手自身もうまくなった実感を得られやすいので、指導型コーチングスタイルでも高いモチベーションを維持して練習することができます。
初心者レベルの選手には、新しい技術をどんどんと身につけてもらってうまくなった実感を得てもらうことで、スポーツが好き・楽しい・面白いという気持ちを持ちながら、競技力向上を図ることもできます。
また、この時にできたことを褒めるよりも、チャレンジしたことやミスから学んだ姿勢などをコーチが褒めることで、選手がミスを恐れずチャレンジする姿勢も身につけることができます。
「選手ができた」という感覚を身につけると、自己肯定感が高まります。この自己肯定感については下記の記事を参考にしてみてください。
中級レベルの選手には指導型と育成型をバランス良く
中級レベルの選手向けの効果的なコーチングスタイルとして、指導型と育成型コーチングをうまく混ぜるのが効果的です。中学生や高校生くらいの年代になると、選手に求める技術レベルや戦術は難しくなることが多いです。
そのため、選手は何回チャレンジしてもうまくいかなかったり、目標達成するのが難しかったりする場合も多いです。
新しい技術や戦術に関しては、指導型スタイルで指示を出しながら選手に教えつつ、うまくいかなかったときや選手の中で悩んでたり、落ち込んでいたりしたときには、モチベーションを高めるようなコーチングをすることで、競技力向上と人間的成長の両立を実現しやすいです。
感情タンクを満たして選手のモチベーションを高めよう
難しい練習や戦術を練習しているときに、選手のモチベーションを維持するためには、ダブル・ゴール・コーチングの中でも感情タンクという原理原則に基づいたコーチングを実施するとよいでしょう。
感情タンクの原理原則では、選手のモチベーションを車のガソリンタンクに見立てて、選手が自走できるような声掛けえをすることをおすすめしています。
声掛けをするときに、ポジティブな割合を5割で指摘することなどを1割程度にして、ポジティブな声がけを増やすことで選手のガソリンタンク(モチベーション)を増やしてあげると良いです。
ここで大切なのは、必ずしも5割でなければならないというわけではないことです。中級レベルの選手は、技術的にも戦術的にも心理的にも未熟なことが多く、コーチからみるともどかしいことも多いでしょう。
だからこそ、意識的に選手の良い点を見つけることで、選手のことを褒めやすくなります。この時にも、選手ができたことなどに着目するのではなく、努力する姿勢やミスから学ぶ姿勢などを褒めてあげたり、選手のささいな行動などを褒めることで、効果的に感情タンクを満たすことができます。
上級レベルの選手には育成型コーチングを使おう
上級レベルの選手には、育成型コーチングスタイルやパートナーシップ型コーチングスタイルが効果的です。
大学生やプロレベルの段階になると、選手の競技に関する知識も増えてきて、技術レベルもほぼピークの状態に達します。
この段階では、ある程度選手だけで技術の修正や改善が一人でできるようになります。トップレベルに達した選手に対して、一方的な指導をしてしまうと、技術レベルが向上するよりも、コーチと選手の関係があまり潤滑にいかなくなることもあります。
上級レベルの選手に対しては、選手自身に決定権を持たせて、寄り添うような姿勢のコーチングをすると、競技力向上と人間成長の両立を促しやすいです。
まとめ
スポーツコーチングには様々な目的がありますが、ダブル・ゴール・コーチングでは勝利と人間成長の両立を目指すことを目的としています。
競技力向上では、選手の技術レベルを高めてスポーツがうまくなることを目的にコーチングをします。一方で、人間的成長では、スポーツを通してライフレッスン(人生の教訓)を得てもらうことを目的とします。
競技力向上を図り勝利の可能性を最大限高めるためにも、スポーツを通して人間成長を促すうえでもコーチのコーチングスタイルはとても大切です。
初心者レベルの選手には、指導型のコーチングを実践することで競技力向上を図りやすく、技術は大幅に上達するので、「自分はできるんだ」という感覚を持ちやすく人間的成長も図りやすいです。
中級レベルの選手に対しては、指導型と育成型のコーチングスタイルを使い分けることで、勝利とライフレッスンの両立を目指しやすいでしょう。
上級レベルになると、選手の中で専門的な知識や技術が身についてくるので、育成型のコーチングやパートナーシップ型のコーチングがとても効果的です。
本記事を参考にして、選手の年代やレベルにあわせてコーチングスタイルを使い分けてみてはいかがでしょうか。
参考文献
- 図子浩二(2014).コーチングモデルと体育系大学で行うべき一般コーチング学の内容 コーチング学研究(30):137-149.
- 水口暢章・彼末一之(2017).運動イメージと運動パフォーマンス 計測と制御(56):568-572.
- 吉川政夫(2013).運動のコツを伝えるスポーツオノマトペ バイオメカニズム学会誌,37(4):215-220.
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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