スポーツだけでなくビジネスや家庭などでの人間関係は、悩む人も多いでしょう。また、そもそも良好な関係とはどのような関係かという答えはありません。しかし、パフォーマンスが高いスポーツチームのコーチと選手の関係については、スポーツ科学における研究で明らかにされています。
そこで本記事では、スポーツ場面でパフォーマンス向上に繋がる「良好な関係」を築くために必要なことについて解説します。
良好な関係とは?
良好な関係を一概にいうことはできませんが、選手とコーチの関係においては、「親密さ」「関係のフラットさ」「補える関係」が大切な要素です。
オリンピックのメダリストを対象にした調査の中では、12名(女性3名・男性9名)がコーチとの関係で良かったこと、悪かったことを明らかにしています1)。
関係のフラットさに関しては、「知識の共有」「目標への共通理解」「影響力」があると報告されています。たとえば、体育学に関する知識をコーチから教えてもらったことや目標を共有してコーチングしてくれたこと、選手がコーチにキャリアを任せても大丈夫と思えることなどが挙げられています。
親密さに関しては、「個人的な感情を」「信頼」「好印象」「敬意を払えること」「信念があること」「コミットメントがあること」が挙げられました。チームに寄り添ってくれている感じや選手が信頼できる決断をしてくれること、コーチが自分に正直なことや選手がコーチに敬意を払えることなどが挙げられました。
補える関係においては、「相互の行動が役割・タスクに結びついていること」と「サポートしあう関係」であることが挙げられています。選手の指示やフィードバックがポジティブだと感じられることや、一生懸命共に努力しているコーチの姿勢に選手は良い影響を受けます。
このように、良好な関係を定義することは難しいですが、上記の3つは、選手との良好な関係において大切なポイントです。
良好な関係がもたらす影響
コーチと選手の良好な関係は、選手のパフォーマンス、チームの文化、子供の将来に影響を及ぼします。下記ではこの3つの点について解説します。
良質な関係はパフォーマンスにつながる
コーチと選手の良好な関係は、選手のパフォーマンスに繋がります。なぜならば、コーチの関わり方次第で選手の不安に影響するからです2)。心理的側面からパフォーマンスを見る時には、選手の「緊張」「リラックス」「不安」の3つのバランスがとても大切です3)。
緊張とリラックスのバランスが最も良く、不安を感じていないときに、選手は最も高いパフォーマンスを発揮します。コーチが選手と良好な関係を築けていないと、選手はコーチの顔色をうかがいながらプレーをするようになります。
コーチの顔色をうかがいながらプレーしている選手の状態は、集中力が低く緊張感も高まり結果的にパフォーマンスが低くなってしまいます。
選手が安心できて信頼できるような良好な関係をコーチが築けることで、試合でのパフォーマンスにつながります。
良好な関係はチーム&組織文化になる
コーチと選手の良好な関係は、チーム&組織文化になります。米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しているダブル・ゴール・コーチングの中では、チーム文化における大切な要因として、風通しのいい双方向のコミュニケーションがあります。
コーチが選手と良好な関係を築き、選手と双方向のコミュニケーションを取れるようになることは、チーム文化になります。
大人が細部まで管理して運営するトップダウン式の組織とは異なり、選手が主体的なコミュニケーションをコーチに対してとるようになることで、自分で目標を立てて、自身の行動に責任をとれるようになるというメリットもあります。
選手が自分で考えて行動できるチームを目指すうえでは、コーチと選手の良好な関係づくりは欠かせません。
良好な関係は子供のライフレッスンになる
コーチと選手の良好な関係づくりは、子供にとってのライフレッスン(人生の教訓)になります。
トップダウン式のコミュニケーションでは、監督が指示を出さなければ選手が自分で行動せず、それが子供にとって当たり前になってしまうことで、指示待ち人間になってしまいます。
一方で、良好な関係が、双方向のコミュニケーションをもたらし、選手主体のコミュニケーションを引き出します。選手主体のコミュニケーションがとれるようになると、選手は自分自身で目標を設定し、行動し、その行動に責任を持つようになります。
スポーツで身につけたこの一連の流れは、スポーツと同時並行でしている勉強や生活、仕事などでも同じようなステップを踏めるようになり、結果的に自主性の高い選手が育ちます。
このように良好な関係づくりは、子供にとってのライフレッスン(人生の教訓)になるのです。
スポーツコーチが選手と良好な関係づくりをする5つ原理原則
米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱するダブル・ゴール・コーチングは、勝利とライフレッスンの両立を目指したコーチングメソッドです。
コーチが子供の勝つ可能性を高めるとともに、人間的な成長も促せることを目的としたコーチングでは、良好な関係づくりをする上で下記の5つが大切であると定義されています。
価値観を共有する
スポーツコーチが選手と良好な関係を築くためには、価値観を共有することが大切です。なぜならば、チームで共有された価値観に基づいた行動ができるようになるからこそ、チームの中で求められることがわかり、子供達も考えるようになるからです。
考えられるようになった選手は、どんどんと自分で考えて行動するようになるでしょう。このように、チームとしての価値観は、スポーツコーチと選手の行動を決めるということにおいて、とても大切でお互いが求める行動ができるからこそ、良好な関係になります。
チームとして期待する行動をコーチとして提示する
チームとしての価値観を明確にしたら、期待する行動をコーチが提示することはとても大切です。また、選手に行動を求めるのであれば、完璧ではなくともスポーツコーチ自身が、子供達にお手本を見せる必要もあります。
たとえば練習を時間通りに行って時間を大切にする姿勢を身につけるということをチームの共通の価値観とするのであれば、監督自らがその行動を大切にする必要があります。
このように、チームで共通の価値観を確立して、その価値観に基づいた行動を監督がして、子供も行動ができるようになり、コーチが子供の行動を褒めてあげることで、良好な関係が築かれます。
加えて、コーチが何を求めているのかがクリアになることで、選手の不安は解消されるため結果的にパフォーマンスも高くなるのです。
共通のキーワード(キューワード)を創る
スポーツコーチと選手の間で共通のキーワードを創ることも、関係づくりにおいては大切です。たとえば、オールブラックス(ラグビーニュージーランド代表)では、「Better People Make Better All Blacks」というチームで共通のキーワードを掲げています。
この背景には、2007年のラグビーワールドカップで大敗を喫したあとに、選手がソーシャルイベントで反社会的な行動を行ったことがあります。
これを当時のヘッドコーチは、オールブラックスの悪しき風習だと語っており、チームの価値観として「Better People Makes Better All Blacks」という価値観のもと、行動規範をつくり上げ、結果的に2011年ラグビーワールドカップで優勝しました。
このように、価値観を共通のキーワードにすることで、選手が思い出しやすく、普段から使いやすくなるので、価値観に基づいた行動がしやすくなります。結果的にコーチ陣が求める行動と選手の行動にギャップが生じにくくなるので、選手が安心感を得られるようになるので、良好な関係にもつながります。
双方向のコミュニケーションを取る
スポーツコーチと選手が双方向のコミュニケーションをとることは、良好な関係を築く上でとても大切です。コーチが指示を出して、選手が命令を聞くようなトップダウン方式のコーチングは、たしかに目先の勝利においては効果的です。
一方で長期的な視点を持って選手の将来を考えた時には、全くの逆効果なのです。トップダウン方式のコミュニケーションは、言い換えれば指示がないと動かない選手を育ててしまうというリスクがあります。
これが学校でも社会に出てからも子供の習慣になってしまったらどうでしょうか。大切なのは、選手主体のコミュニケーションの量を増やして、双方向のコミュニケーションが取れるようになることなのです。
家族のようなアットホームな関係を築く
スポーツコーチとして、家族のようなフィーリングで選手に接することはとても大切です。ここでのポイントは、一緒にふざけたり楽しんだりすることだけが大切なのではなく、厳しい状況でも寄り添ってサポートしてくれるコーチの存在が大切ということです。
虐待を受けた子供や貧困を経験した子供でも、その中で成功する人が一定数います。こうした厳しい状況にいた子供がなぜ成功できたのかについては、「人から真に思いやられ支えてもらったためだった」ということがあきらかにされつつあります。
つまり、どんなに厳しい試合でも、厳しい練習をしていても、大敗を喫しても、コーチは選手に寄り添いながら、家族のようなアットホームな関係を築くことが、良好な関係につながるのです。
まとめ
良好な関係には、親密さや関係のフラットさ、補える関係であることが大切です。これらの良好な関係は、スポーツパフォーマンスにすら影響を及ぼします。また、コーチと選手の良好な関係が築けると、それがチーム文化になり、子供のライフレッスン(人生の教訓)にもなります。
コーチとして選手と良好な関係を築く上では、価値観を共有し、期待する行動を明確にすることが効果的です。また、共通のキーワードを作ってキャッチフレーズに掲げるのもよいでしょう。
加えて、双方向のコミュニケーションをとるようにしたり、家族のようなアットホームな関係で寄り添えると、選手は安心感や信頼感をもつようになり、良好な関係が築けるでしょう。
本記事を参考にして、コーチと選手の良好な関係づくりに取り組んでみてはいかがでしょうか。
参考文献
- S. Jowett andI.M. Cockerill(2003). Olympic medallists perspective of the athlete- coach relationship Psychology of Sport and Exercise, 4:313-331.
- Baker, J., Cote, J., & Hawes R.(2000). The relationship between coaching behaviours and sport anxiety in athlete Journal of Science and Medicine in Sport, 3(2): 110-119.
- Lew Hardy and Gaynor Parfit(1991). A catastrophe model of anxiety and performance British Journal of Psychology,82; 163-178.
- Ken Hodge, Graham Henry and Wayne Smith(2014). A case study of excellence in elite sport: motivational climate in a world champion team The Sport Psychologist,28: 60-74.
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
コメントを残す