日本サッカー協会(Japan Football Association)では、公認指導者の養成を積極的に行っている協会の1つです。サッカーの指導現場における暴力根絶の宣言1)として2013年5月16日から公認されたサッカーコーチは暴力をせず指導をしないことを宣誓書として提出する制度になっています。
しかしながら、実際のスポーツ現場でどのようにコーチングしたらよいのか、具体的な方法について悩んでいる方は少なくないでしょう。本記事では「プレーヤーにとってなにが一番良いのか」をアメリカのコーチングとあわせて解説します。
日本サッカー協会が掲げる3つの軸
日本サッカー協会では下記の3つの軸をサッカー指導現場における暴力根絶の宣言として掲げています。
- Players First!
- リスペクト
- めざせ!ベストサポーター
この3つの軸について下記で詳しく解説します。
Players First!
日本サッカー協会(以下JFA: Japan Football Association)が提唱するPlayers Firstとは、「プレーヤーにとってなにが一番良いのか」を考えることを大切にして子供の育成に大人が携わるという取り組みです。
サッカーコーチだけではなく、その他の競技のコーチをしている人でもプレーヤーにとって何が大切かということは考えたこともある人は多いのではないでしょうか。
アメリカのNPO法人Positive Coaching Alliance(以下PCA)が掲げるダブル・ゴール・コーチングでは、プレーヤーにとって大切なこととして勝利はもちろん人生の勝者となることを大切にしています。
サッカーの勝利にも人間成長にもつなげるためには、長期的な視点をもってプレーヤーである子供に接することがとても大切です。
リスペクト
リスペクトの精神は、世界サッカー界のみならずスポーツ界全体に広がるグローバルスタンダードな価値観です。JFAの取り組みとして「RESPECT F.C. JAPAN」を2008年度に立ち上げ「大切に思うこと」という言葉でリスペクトの精神の重要性を伝えています。
相手を大切に思う上で大切なことは、チームメイトはもちろん、審判や対戦相手、ルールそしてプレーヤー自身に敬意を払うことです。
サッカーではプロの試合で対戦相手のプレーヤーとトラブルになってしまったり、審判をけなしてしまったりする場面が見受けられます。
プロの試合ではよく見受けられる光景かもしれませんが、ユース年代の試合で大人が審判をけなしてしまったり、相手チームを批判してしまったりすることは、子供に対して悪影響を及ぼす可能性が高いです。
教育心理学の領域では社会的学習理論として、多くの研究がなされています。子供たちは大人たちをみて学びます。つまり、サッカープレーヤーを取り巻く大人たちがリスペクトの精神を欠いた行動をしてしまうと、子供たちのリスペクト精神を養うことにはつながりにくいということです。
上記の社会的学習理論について詳しく知りたい方はコチラの記事を参考にしてみてください。
プレーヤーのリスペクトの精神を育むスポーツ・インテグリティ
プレーヤーのリスペクトの精神を育む要素の一つとして、スポーツ・インテグリティがありスポーツ庁が平成30年(2018年度)に推進を始めたことでもあります。
スポーツ・インテグリティとは「誠実性」「健全性」「高潔性」のことで、世界のスポーツにおけるスタンダードな価値観の1つです。スポーツ庁2)の提唱によれば“今こそスポーツ界全体を挙げて取り組むべき喫緊の課題である”としています。
こうした課題に対して日本スポーツ協会では、グッドコーチ育成のための「モデル・コア・カリキュラム」を作成していて、グッドコーチとしての能力を定義しています。
グッドコーチとしての能力としては、下記の5つの能力が求められることが報告されています。
- 思考(理念・哲学)
- 自分に対する人間力
- 他者に対する人間力
- スポーツ全般に共通するスポーツ科学の知識
- 専門競技に関する知識と技能
これらの能力を育むためのカリキュラムは、多岐にわたっています。フェアプレーの精神についてはもちろん、思考法やセルフコントロール、コミュニケーション方法やチームビルディング、のキャリアデザインなども含まれます。
これらのコーチとしての能力はサッカープレーヤーのインテグリティのみならず、フェアプレーの精神を養うことにもつながります。
めざせ!ベストサポーター
めざせ!ベストサポーターでは、子供たちが大人の影響をポジティブにもネガティブにも大きく受けるとして、コーチや保護者が子供たちに良い関わりになるように実施されていることです。
フェアプレーの精神にもつながる部分がありますが、大人の考え方や態度、行動は良くも悪くも子供たちにそのまま受け継がれます。
サッカーである子供たちにとって、一番良いことは何か?を大人が考えより良い関わり方を実践することで、子供たちの考え方や行動は変わります。
サッカーに携わる大人が子供に良い影響を与えるコーチング
サッカーに携わる大人が子供に良い影響を与えるコーチングとして、アメリカのNPO法人Positive Coaching Allianceはダブル・ゴール・コーチングという方法を提唱しています。
ダブル・ゴール・コーチングとは、サッカーの試合で勝ちを目指すだけではなく人生においても勝者となることを目指したコーチングです。
ダブル・ゴール・コーチングについての詳しい内容についてはコチラの記事を参考にしてみてください。
サッカーにおけるダブル・ゴール・コーチング
サッカーにおけるダブル・ゴール・コーチングは、プレーヤーの心理的な発達を促すことができるため、人生の教訓としてのサッカーをプレーヤーに伝えることができます。
サッカーにおける心理的な発達に関して、西4)は下記のように年代による特徴を3つにわけてサッカーの年代に応じた心理的な成長の重要性を指摘しています。
- 幼児期(3歳~6歳):目に見える形で自分の有能性(自分はできるという感覚)を認知して両親やコーチのいうことに基づいて有能性が高まる
- 児童期(7歳~12歳):仲間やコーチの影響が増大し能力と努力を区別し始める
- 青年期(13歳~18歳):有能性(自分はできるという感覚)は、自分がどれだけ上達したかにおいて感じるようになる
このような心理的な特徴をふまえて子供の心理的成長を促すことで、人生の教訓としてサッカーを子供たちに伝えることができるでしょう。
下記では、ゴールデンエイジ世代・ポストゴールデンエイジ世代のサッカーに対するダブル・ゴール・コーチングを解説します。
ゴールデンエイジのサッカープレーヤーに対するコーチング
ゴールデンエイジのサッカープレーヤーに対するコーチングで最も大切なことは、子供を長期的な視点で見た時の言葉がけ(フィードバック)です。
ゴールデンエイジ世代(6歳~12歳)では、勤勉な姿勢を養い、劣等感を払いのける時期であり、サッカーだけではなく子供達の心理的な成長においてとても大切な時期です。
この時期では、親や先生、コーチから褒められることで、知識や技術を習得することの喜びを経験し自己中心的な考え方から論理的な考え方ができるようになります。
そのため適切な言葉がけでのコーチングの指導が効果的であることを西4) は述べます。
ダブル・ゴール・コーチングでは、のELM(Effort:努力,Learning:学習,Mistakes are OK)を促すことで、プレーヤーの心理的な成長を促し、成長マインドセットを育むことができます。
ゴールデンエイジのサッカープレーヤーに対するダブル・ゴール・コーチング
ゴールデンエイジ世代のサッカープレーヤーに対するダブル・ゴール・コーチングでは、プレーヤーの努力と学びを促し、チャレンジする姿勢を育むことが、人生における教訓としてのサッカーをプレーヤーに教える上では効果的です。
なぜならば、結果ではなく過程(努力)を促すことで結果的に試合に勝つ可能性は高まるからです。
また、サッカーだけではなく新しいことに取り組むときには失敗することが当たり前であるチーム文化が子供チャレンジを促し、コーチがミスから学ぶコーチングをすることでパフォーマンスが高まるからです。
例えば、プレーヤーが試合で負けたこと、勝ったことに対してコーチが言葉がけをするのか、プレーヤーの試合中のプレーに対して言葉がけをするのかでプレーヤーにとって意味がちがいます。
練習中でもプレーヤーが良いプレーをしたり悪いプレーをしたりしたことに対して言葉がけをするのか、チャレンジする姿勢に言葉がけをするのかで、子供の成長において意味が変わります。
また、ミスしたことを責める言葉がけをするのか、ミスしたあとのプレーを考えさせる言葉がけをするのかで、ミスから学ぶ姿勢を育てるのか、ミスで落ち込むプレーヤーを育てるのかを決めます。
ここで大切なのは、プレーヤーの成長を長期的な視点でコーチングすることです。プレーヤーがサッカーを引退した後、大人になって社会人になったときなど、プレーヤーの人生にとって学びとなる言葉がけをすることがプレーヤーの成長マインドセットを育みます。
ポストゴールデンエイジのサッカーに対するコーチング
ポストゴールデンエイジ(13歳~16歳)のサッカープレーヤーに対するコーチングでの心理的成長において最も大切なことは、「自分を知る」ことです。この世代のプレーヤーはまだ知らない自分の存在に気付くことによって、大きな成長を遂げるのです。
また、時には理想と現実の自分とのギャップに苦しむことになることを西4) は指摘しています。プレーヤーが描く理想の自分に近づくためには、サッカーコーチとして寄り添いながら伴走することが求められます。
サッカーに寄り添い感情タンクを満たす
サッカープレーヤーに寄り添い感情タンクを満たすことは、プレーヤーにとってとても大きなエネルギーになります。
ダブル・ゴール・コーチングでは、プレーヤーのやる気を車のガソリンタンクに例えていて、褒めるほどガソリンタンクが満たされ、指摘するほどガソリンタンクが減ると考えています。
理想と現実のギャップに悩んでしまっているに、周囲の大人が感情タンクを満たすことでプレーヤーは努力を続けるため、理想にどんどんと近づくでしょう。
この感情タンクでは、5対1の割合で褒めることと指摘することを使い分けることが望ましく、1つ指摘するのであれば、3つから5つ程度褒めることで感情タンクを満たすことができます。
褒めることをした上で、指摘し最後にまた褒めるというサンドイッチのようなコミュニケーションを用いることで、プレーヤーの感情タンクは満たされながら、欠点修正をすることができます。
この時にも、単に褒めるのではなくプレーヤーがチャレンジしたことや、失敗などから学んだことなど過程の部分に着目して褒めてあげることが効果的です。
まとめ
JFAの掲げるサッカーを育成する上で大切な3つの軸は世界的なスタンダードでもあります。しかしながら、具体的にどのようにすればPlayers Firstな精神を養ったり、対戦相手や審判、チームメイトや自分自身などをリスペクトできたりするのかは難しい問題です。
こうしたことをコーチや保護者がサッカープレーヤーに伝える方法としてダブル・ゴール・コーチングはあります。本記事を参考にして、サッカープレーヤーとしてだけではなく人としての成長も促すコーチングに取り組んでみてはいかがでしょうか。
参考引用文献
1) 公益財団法人 日本サッカー協会(2013).サッカーの指導現場における暴力根絶の宣言(最終閲覧日5月21日)
2) スポーツ庁(2018).我が国のスポーツ・インテグリティ確保のために(最終閲覧日2020年5月20日)
3) 公益財団法人 日本体育協会(2016).コーチ育成のための「モデル・コア・カリキュラム」作成事業報告書.
4) 西政治(2008).日本サッカーにおける育成期一貫指導の重要性と課題―世界に通用するプレーヤー育成― 京都学園大学経営学部論集18(1):173-196.
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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