新連載「ジュニアスポーツについて考える」
この連載では、子どもの地域スポーツにかかわった経験を持つ心理学者が、「ふつうの子ども」とスポーツのかかわりについて考えていきます。目を輝かせてスポーツを始めたはずの子どもが数年後やめてしまうのはなぜでしょうか? 先日出版した著書「ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと」(大橋 恵, 藤後 悦子, 井梅 由美子 共著 / 勁草書房 / 2018年)に基づき、スポーツの入り口である小学生時代を焦点に、プロを目指さないふつうの子どもが、楽しくスポーツを続けていける環境づくりについて提案していけたらと思います。
初回のテーマは、スポーツするっていいこと?~スポーツ万能論に対しての問題提起~
スポーツすることは無条件に ポジティブに語られることが多いですが、そもそもそうとらえていいのでしょうか。
ジュニアスポーツの抱える問題点についてお話ししたいと思います。
児童期まで盛んなスポーツだが・・
現代っ子が習い事で忙しいということはよく取り上げられますが、芸術・勉強系に並び、スポーツ系の習い事は大変人気です。
ベネッセの調査(2017)によれば、小学生の約75%がスポーツ系の習い事をしています。ポピュラーな種目は、スイミング、サッカー、バスケットボール、武道、バレエなどでしょうか。
また小さいころからやったほうが一般にうまくなりますから、小学校入学前から始めるケースが多いようです。中学校でも運動部は奨励されていて、6~7割が運動部に入るというデータがあります。
でも、その中でスポーツを仕事にするような層はほんの一握り。多くのふつうの子どもにとって、スポーツはあくまでも「趣味」ということになります。
私が気になるのは、趣味なら大人になっても続けられたら良いと思うのですが、やめてしまう人が結構いるということです。
実際、地域スポーツや部活動でやっていた競技を続けている大人はどのくらいいるのでしょうか。
文部科学省が行った調査(2014)によると、日常的に運動をしている大人(20代から40年代の平均)は日本では20%弱。
中学校での運動部加入率と対比させるとかなり低い数字です。ただ、社会人は仕事や家事で忙しい、チームが近くにないなどいろいろ理由があるでしょう。
もっと興味深いのは、明確な数字がありませんが、小学校や高校の時にやっていたスポーツを進学したらやめてしまうケースもまたよく聞くということです(これは日本特有ではなく、スポーツがより盛んなアメリカでも18歳までに3/4がやめると言われています)。
なぜやめてしまうのでしょうか。さまざまな要因があると思いますが、スポーツの低年齢化と勝利至上主義の二つに絞ってお話ししたいと思います。
スポーツの低年齢化と勝利至上主義
小さいころからトレーニングを始めることは技能を高めるうえでは有利なのでしょうが、心身が未成熟なうちにひとつのスポーツに特化したトレーニングすることは問題も多いことが指摘されています。
特定の箇所ばかり使うため成長の偏りや傷害の可能性を高めてしまいますし、同じ人とばかり接するので価値観が固定的になります。
また、スポーツはほとんどの場合そこに勝ち負けが存在します。勝ったら嬉しいし負けたら悔しい。
これは自然な感情ではありますが、成長過程の子どものスポーツはエンターテイメントであるプロ選手のスポーツと同じように見てはいけません。
点数では負けてもその中に成長があり、その成長こそが大切にすべきことなのです。でも、近視眼的に勝つことに価値を置いてしまうと、負けたときに心のやり場がなくなります。
そのため、バーンアウト、すなわち、長期間にわたり目標達成に努力してもそれが十分に報いられなかったときに生ずる、情緒的・身体的な消耗状態を引き起こしたりするリスクも高いのです。
子どもの満足度に影響を与えるもの
私たちは以前、チームスポーツに参加する小学生のチーム参加満足度に何が影響を与えているのかについて調査を行ったことがあります。
満足度に対して、指導者の関わり方の次に影響があったのは、なんと、保護者間の「レギュラーをめぐる争いがないこと」と、チームが「勝利至上主義ではないこと」でした。
この結果から、子どもたちが大人からの評価を気にしていることや、大人の勝利へのこだわりが子どものモチベーションを下げてしまうことがわかります。
勝負だけにこだわるのではなく、自分の、自分たちの成長を大事にできるように導いてほしいものです。
スポーツをすることっていいことですか? 身体が丈夫になる、体力がつく、根性がつく、社会性が身につくなど、スポーツは子どもの身体と精神の成長に役立つと言われてきました。
それはおそらく間違ってはいないのですが、本来スポーツとは「楽しい」もの。何かを学ぶために、何かを得るために、という考え方はちょっと古いのかもしれません。
引用文献
・ベネッセ(2017)「学校外教育活動に関する調査2017」データブック
https://berd.benesse.jp/up_images/research/2017_Gakko_gai_tyosa_web.pdf
・文部科学省(2014) 地域における障害者のスポーツ・レクリエーション活動に関する調査研究 報告書(平成25年度)http://www.mext.go.jp/a_menu/sports/suishin/1347306.htm
大橋 恵 プロフィール
東京未来大学教授、早稲田大学非常勤講師。東京大学大学院人文社会系研究科修了、博士(社会心理学)。地域スポーツの保護者・指導者の影響や、日本人の人間理解について研究している。
著者たちのHP https://togotokyo101.wixsite.com/mysite
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
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数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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