3月3日に開催されたスポーツコーチングJapanカンファレンス。
スポーツの価値に対する理解が、日本と海外でどのように違うのか。そして、スポーツの価値を広めるためにコーチは何ができるのか。『「コーチの成長」と社会における「スポーツの価値」とは』というテーマのセッションです。
JOC国際人養成アカデミーディレクターの相馬浩隆氏と、コーチの成長に関する研究を行っている日本体育大学助教の関口遵氏のセッションをレポートします。
日本では「スポーツの価値」が理解されていない
相馬:今日は「スポーツの価値」を取り上げてみたいと思っています。そしてそれに絡めて、コーチの成長が求められている…という話をしていきたいと思います。
スポーツの価値はたくさんあると思いますし、会場のみなさんも同じように感じていらっしゃると思います。ところが、日本の社会にはそれがなかなか理解されていないというのが、私たちの共通した課題意識です。
ある2つのデータをご紹介したいと思います。
1つ目は、IOC(国際オリンピック委員会)の評価委員会が、2020年の東京オリンピック招致の際に作成したレポートです。日本がどのように得点を取ってきたかが分かります。
それを見ると、オリンピック招致への「世論の支持」が他国に比べ低かったことが明らかになっています。IOCの世論調査では、日本は47%の賛成しか得られていないのです。この調査の時点では、オリンピックを日本に招致したいという世論は形成されていなかったことが分かります。
次のデータは、スポーツ実施率の国際比較のデータです。週に1回以上スポーツをする人は、日本では40%。イギリスは46%、ドイツは48%、フィンランドに至っては66%です。これを見ても、日本のスポーツ実施率は諸外国に比べて低い。
なぜスポーツをしないのかという理由に関してもスポーツ庁が調査しています。それを見ると、「仕事が忙しく時間が無い」「年をとったから」「体が弱いから」。
これを見る限り、スポーツが生活の中で価値を置かれていない。
現在、「ワークライフバランス」が盛んに議論されていますが、その「ライフ」に価値を置こうとする人が、そのためにスポーツをする、という風にはならないのではないか、と感じています。
それ以外にも、私がアスリートキャリア支援を担当していた時に感じたことですが、競技経験に対する評価が日本は低いように感じます。
体育会採用は以前から人気がありますが、企業が評価しているのは、「上下関係に慣れている」とか「礼儀作法がしっかりしている」とか「忍耐力がある」とか「フットワークが良い」とか…そういうところが大きい。
簡単には売れない商材の営業職へは引く手数多ですが、それは体育会のイメージによるものです。スポーツをやってきたことの価値が、企業の中では偏って評価されている現状があると思います。
外国では状況が全く違います。アスリート経験は、数学や物理などの教科と横並び、あるいはそれ以上の評価がされています。もちろん、勉強と両立しているという条件はありますが。
社会の中でのスポーツの見られ方も、日本と外国では違いがあるようです。
スポーツの教育的効果に気づき、教育に使い始めたのはご存知の通りイギリスです。パブリックスクールの中で、ラグビーやクリケット、フットボールなどの集団スポーツを通して人間形成をしていったのです。
さらには近代オリンピック。近代オリンピックは、イギリスでのスポーツ教育を土台にして、それに世界平和の意味合いを持たせることで始まりました。これは、「オリンピックチャーター」という、オリンピックの憲法にはっきりと書いてあります。オリンピックにおいては、スポーツを「人間の調和のとれた発達」、つまり肉体だけでなく、精神と知性も含めた発達に役立てること。そして最終的には、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を推進することが目指されているのです。
オリンピックに200以上の国や地域が参加しているのは、それが単に世界最大のスポーツイベントであるということではなく、オリンピックの理念、つまりIOCが掲げている「オリンピックが目指すところ」やスポーツが持つ価値が理解され、共感を得ているからではないでしょうか。
コーチが取り組む「スポーツの価値」づくり
関口:カナダの研究者であるジャン・コーテによると、人々が求めるスポーツ活動の成果は3つにまとめられます。
1つは「参加者の増加」。たくさんの人がスポーツを楽しみ、競うことが出来たら、それは成果だよねと。
もう1つは「パフォーマンスの向上」。これはオリンピックレベルかもしれないし、小さい子が少しずつ上達することも含みます。
最後は「個人の成長」。この3つがスポーツ活動の成果だと言われています。
しかし、コーチはこの3つの成果に対して直接的な影響を与えることができるかというと、それは難しい。
では、どうすればいいのか…コーチがアスリートに対してできることとして4つ挙げることができます。
それは、「有能さを高める」「自信を高める」「良好な関係性を構築する」「人間性を高める」です。
これらが、効果的なコーチングによって、コーチがアスリートに対してもたらすことができる成果だと考えられています。
そして、これらを通じて、先ほど挙げたスポーツ活動の3つの成果につながるのではないかと言われています。
日本でも同様の動きがあって、平成27年に文部科学省が「グッドコーチに向けた7つの提言」を出しています。
プレイヤーのことを最優先に考えましょう、自立したプレーヤーを育てましょう、といった話が出てきています。
また学会レベルでも、日本コーチング学会では、「ダブル・ゴール」、つまり人間力の養成とパフォーマンスの向上を両立していきましょうと言われるようになってきました。
さらには、先ほど私と同じグループの日体大教授の伊藤雅充のセッションで「アスリートセンタードコーチング」の話がありました。その中では、アスリートを「意思決定者」として育てることが目指されています。プレーの内外関わらず、良い意思決定ができるようなアスリートを育てていくことがコーチの役割とされています。
スポーツは人類の進化の手段になり得る!?
関口:少し大げさに言いますが、僕は、スポーツは「人類の進化」の手段の1つになり得るのではないかと思っています。
フレデリック・ラルーによると、社会モデルは長い期間をかけて変遷していると言われています。
古代は「衝動的・原始的」な時代。この時代は弱肉強食の社会です。
その後は「伝統的」な社会。トップダウン式な社会。上意下達で管理・統制していくような社会です。
その後に生まれてきたのが、今我々が感じている「成果実力主義」的な社会です。実力のある人や成果を出せる人が偉くなり、その人材が社会を動かしていると考えられています。
その後に出てくるのが「多元的・家族主義的」社会です。今まさに、多様性を認めましょうとか、権限を一部の人だけではなくみんなに返しましょう、という風な流れになっていますよね。
そして、この後に出てくるのではないかという仮説が「自律的」社会です。
組織がセルフマネジメントをでき、自分・他者・集団が自己実現できるような社会が、今後出現するのではないかと考えられています。そして、実際にそのような団体や組織がすでに生まれ始めています。
この「自律的」な社会の中で求められる人材は、自分の欲求やエゴを飼いならせる人や、絶対的な正解がない中でも自分にとっての正解を探せる人、さらには、全人性を追求できる人です。
これは、外的・物質的に何かを得るだけでなく、思考や感情、意志などの内的な要素も含めたすべてに深い充実を得られる人のことです。
これは、我々がスポーツを通して育てようとしている人間像ではないか…と思うのです。
先ほどお伝えした、「ダブル・ゴール」を目指しましょう…だとか、意思決定者を育てましょう…というのは、まさに次の時代の人材を育てようとしているのです。
僕らはそれをやろうとしているのに、社会の中では本来の価値がまだ評価されていない。あるいは、まだそれを実現できていない社会が目の前にあるのではないでしょうか。
スポーツを通して発展させることができる領域はざまざまあります。それは身体、認知、心理、社会、精神。これらのあらゆる側面を育成できる可能性があります。
そして、これらを育み、正しい形で発信していくこともコーチの役割なのではないかと思っています。
(後編へ続く)
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
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数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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