なぜ勝利至上主義が問題なのか?〜スポーツ心理学の観点からメカニズムの説明〜

カテゴリーや競技レベルに限らず、スポーツで勝利を目指すのはごく自然の事です。むしろ、全力を出して競い合うからこそスポーツとして楽しむ事が出来ます。

しかし、勝つ事以外に価値が見出せなくなってしまうくらい勝利を追い求めてしまうと、逆に様々な問題が出てきてしまいます。それがスポーツ指導の体罰問題であり、選手の燃え尽き症候群(バーンアウト)です。

このような勝利至上主義に関する弊害がメディアでも取り上げられた影響もあり、旧来の指導方法から脱却を試みる様子を見かけるようになりました。同時に指導方針やスタイルを大きく切り替える戸惑いやジレンマに対する声も耳にします。

今回の記事では、勝利至上主義のメカニズムをスポーツ心理学の観点から説明していき、指導方針やスタイルの変更時に生じる疑問や悩みを解決するヒントになるようなアイディアも併せて紹介していきます。

勝利至上主義の影響を受けた指導は、選手が将来スポーツを辞めるリスクを高める

まず大前提として、勝利至上主義の脱却イコール勝利を諦める事ではない、という点を頭に入れておいて下さい。勝敗を競う事がスポーツの醍醐味であり、勝利を目指すからこそ上達する目的や意欲も生まれます。

加えて、「スポーツを通した人間形成」、「ノーサイドの精神」、「グッドルーザー」といった言葉からも、スポーツには勝利以外にも価値のあることが存在しているが分かります。

勝利至上主義で問題となるのは、強調され過ぎた勝利の価値です。関(2014)の研究では、勝利至上主義の問題点は勝利の価値が重視され過ぎている事、勝利以外の価値を認めない考え方が強調されている事、の2点を挙げています。

指導者として勝利に多大な価値を置いてしまうと、短期的に勝利を追い求めてしまう傾向になりがちです。その結果、無理矢理練習をやらせる指導の方が短期的には勝利を得やすい為、厳しい叱責や体罰等に頼ってしまう事が多くなります。

しかし、スポーツを無理矢理やらされると、スポーツの継続や参加意欲の低下する事、バーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクが高まる事が、過去の研究などで報告されていますので、長期的に見た時にはリスクの多い指導と言えます (Cresswell & Eklund, 2005)。

過度に勝利を求める指導では、選手は実力を発揮しにくい

加えて、指導者から日常的に過剰に勝利を求められる、もしくは周りからも勝利する事を求められると、選手は成功や失敗、勝利や敗北といった結果ばかりを気にする思考(結果思考)に陥りやすくなります。

この結果思考は過度なプレッシャーを生みやすく、結果として選手が実力を発揮しにくくなってしまいます。

例えば、

  • シュートを決める
  • サーブをきっちりレシーブする
  • ストライクゾーンにボールを投げ込む

といったパフォーマンスの結果に重きを置かれた目標は、成功か失敗でしか評価する事ができません。その為、ミスした時を想像してしまいプレッシャーが高まってしまいます。

これは、コントロール出来ない事に注意を向けるとプレッシャーやストレスが高まりやすい、という性質に関係しています(Maier & Seligman, 2016)。パフォーマンスの結果は基本的に未来に起こる事なので、結果そのものをコントロールする事が出来ません。

反対に、自分が努力・コントロール出来る事に意識が向くと過度なプレッシャーを抑える事が出来ます。よって、目標を立てる時は、自分自身のプレーや考え方などに重きを置いた目標を立てるのが効果的です。

先ほどの例を用いると、

  • シュートを決める為に、軸足でしっかり踏み込んで足を振り抜く
  • サーブをきっちりレシーブする為に、重心を落として構える
  • ストライクゾーンにボールを投げ込む為に、踏み込んだ力で体を連動させてボールを投げる

といった具合に、自分の努力で出来る動作などを目標にする事で、コントロール出来なくてプレッシャーを感じてしまうような事態を減らす事が出来ます

勝利至上主義脱却には、「環境整備」が欠かせない

突き詰めると、勝利至上主義は自分の行動に影響を与える考え方の一つであると言えます。指導者であれば、自分の指導方法に影響を与えている指導哲学とも言えます。選手に置き換えると、プレーする為に大切な考え方と言えます。

勝利至上主義から脱却するには、この考え方と別の考え方を取り入れて行動を変えていく作業をしていく必要があります。しかし、ただ自分の意思だけで無意識に染み付いた考え方や行動を変えていくのは簡単ではありません。

そこで効果的なのが、環境整備をして周囲から受ける影響を利用する事です

これは、人間の考え方は外的な物や人からの影響を受けやすい為、人間が自己コントロールを効果的に促す為には、人や空間のような外的(社会的)な影響を活かす事が効果的である、という過去の研究に基づいています(Zimmerman, 2013)。

スポーツの現場に置き換えると、保護者、コーチングスタッフ、学校、地域など、指導者とチームに影響を与える環境に働きがける、と言えます

チーム全体が目的や成長に重きを置く考え方(プロセス思考)を共有していく事で、自身の指導や選手の考え方が変わり、選手が実力を発揮しやすい指導へと変わっていく事が出来ます。

結果目標、プロセス目標に加えて、成長目標をセットする

結果に注意が向く結果思考から、自身の取り組みに注意が向くプロセス思考に切り替えていくには、自分が出来る事を意識する取り組みを継続する必要があります。

そこで効果的なのが、「成長目標」の設定です。成長目標は文字通り成長する為に必要な事、成長したい事を掲げた目標です。

例えば、

  • 選手として成長する為に、コーナーからのスリーポイントを練習で5割決められるようにする
  • 速いボールを思ったところに止められるように練習する事は、サッカー選手として成長する為に必要

など、選手として成長する為にどんな事が必要なのかを明確にした上で目標として掲げます。

結果目標の場合は成功か失敗かで目標の達成度を評価しますが、成長目標の場合はどれだけ成長出来たか、目標に近づけたかを評価します。その為、小さな進歩も実感しやすくなる為、目標に対する意欲を継続しやすいメリットがあります。

さらに、具体的な取り組みとして成長目標に加えてプロセス目標を掲げるとより効果的です。

例えば、「サーブを高確率で決められるようにする為に、ボールを高い打点で捉える練習をする」のように、「ボールを高い打点で捉える練習」と具体的な取り組みを目標にする事で、サーブ上達にやるべき事が明確になります。

このように、毎日の練習で成長目標を立てて成長に必要な取り組みを日々意識する事で、結果思考からプロセス思考へシフトする事が可能になります

まとめ

勝利至上主義は、選手が長期的にスポーツを継続する事、パフォーマンスの発揮においてはマイナスに働いてしまいます。それは、勝利に過剰な価値を置きすぎた指導によって、選手が結果思考に陥ってしまう事が理由です。

結果思考からプロセス思考へシフトするには、自身の考えを変える取り組みに加えて、影響を与える周りの人への働きがけが効果的です。

具体的な取り組みとしては、成長目標とそれに対するプロセス目標を毎日の練習で掲げる事で、徐々にプロセス思考へシフトしていく事が出来ます。

プロセス思考へシフトしていく過程においては、上手くいかない事や試合で負けてしまう事も増えるでしょう。しかし、負けから学んで成長する姿勢を持って取り組んでいけば、結果的には勝利へと繋がっていきます。加えて、失敗を乗り越えて成長した経験という貴重な財産も得る事が出来ます。

選手と共に成長するプロセスに、是非チャレンジしてみて下さい。

参考文献

Cresswell, S. L., & Eklund, R. C. (2005). Motivation and burnout in professional rugby players. Research quarterly for exercise and sport76(3), 370-376.

Maier, S. F., & Seligman, M. E. (2016). Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience. Psychological review123(4), 349.

Pintrich, P. R. (2000). Multiple goals, multiple pathways: The role of goal orientation in learning and achievement. Journal of educational psychology92(3), 544.

関朋昭. (2014). 日本の学校スポーツに関する研究: スポーツ経営と勝利至上主義に着目して.

Zimmerman, B. J. (2013). From cognitive modeling to self-regulation: A social cognitive career path. Educational psychologist48(3), 135-147.

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ABOUTこの記事をかいた人

略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。