この連載では、子どもの地域スポーツにかかわった経験を持つ心理学者が、「ふつうの子ども」とスポーツのかかわりについて考えていきます。目を輝かせてスポーツを始めたはずの子どもが数年後やめてしまうのはなぜでしょうか? 先日出版した著書「ジュニアスポーツコーチに知っておいてほしいこと」(大橋 恵, 藤後 悦子, 井梅 由美子 共著 / 勁草書房 / 2018年)に基づき、スポーツの入り口である小学生時代を焦点に、プロを目指さないふつうの子どもが、楽しくスポーツを続けていける環境づくりについて提案していけたらと思います。
第2回のテーマは、2018年のスポーツ界を表すような出来事を象徴する「スポーツ・ハラスメント」について。
スポーツ・ハラスメントとは何か、またどのような関係があるのかを、ユーススポーツの現場での視点を踏まえた内容にてお届けします。
スポーツ・ハラスメントについて
昨今、世の中にはスポーツにまつわる様々な問題がニュースとして流れています。
その中で、皆さんは、「スポーツ・ハラスメント」と聞いてどんなことを想像するでしょうか
指導者が選手を怒鳴ったり、暴力を振るったりという体罰を思い浮かべる方が多いと思います。
私たちはスポーツ・ハラスメントを厚生労働省(2012)の職場のハラスメントのを参考に下記のように定義しています。
「スポーツの場において,役割上の地位や競技レベル,人間関係,経済的状況などすべてを含むスポーツの場における優位性を背景に,適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又はスポーツ環境を悪化させる行為」
上記のスポーツ・ハラスメントには「性的な言動による苦痛」も含まれます(藤後・大橋・井梅,2017)。
簡単にいえば「スポーツの場における嫌がらせ」がスポーツ・ハラスメントです。
このスポーツ・ハラスメントとは、実は指導者の問題だけではありません。
私たちは、スポーツ・ハラスメントを、指導者から選手へという方向だけではなく、親や応援席から選手や指導者へ、そして選手からチームメイトや指導者や応援席へなど様々な方向性が成り立つと考えました。
その中でも私たちは、スポーツ・ハラスメントにおける「親」の存在の大きさを重視しました。
関連記事:「成長阻む 親のダメ出し 子供の運動クラブで観戦 考える力奪うことに」(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO33039580X10C18A7KNTP00/)>
スポーツ・ハラスメントが起こる背景
「スポーツ・ハラスメント」は、虐待やいじめと似た構造があり例えば、虐待では「しつけ」との区別がつきにくいという意見。
同様に「スポーツ・ハラスメント」においても、子どもがうまくなるために教育や訓練をしてやっているんだという意見があります。
「子どものために」という免罪符を用いながら、子どものスポーツの結果が出ないといって、年齢にふさわしくない過度な負荷をかけたり、約束通りの練習をしなかったらご飯を食べさせないなどの制限を与えたり、場合によっては体罰で根性を植え付けようとすることは、「スポーツ・ハラスメント」といえるかもしれません。
これらは極端な例ですが、ややもすると指導者や親は「子どものため」と思い、必要以上に支配的、過干渉となってしまうことがあるのです。
スポーツに関わる者としての心構えといじめの4層構造
一方で、いじめとの類似点としては、いじめの4層構造が挙げられます。
いじめには加害者・被害者・観衆者・傍観者という4層が存在します(森田・清水、1994)。
「地域スポーツ」には、子ども達のためを思い素晴らしい実践を繰り広げてくれている指導者がたくさんいます。
その反面、試合中熱くなってしまい、子どもの人格や人権を傷つけるような言葉を発したり、子どもが話しかけても無視したりという不適切な態度をとってしまう指導者もいます。
地域スポーツでは、親たちが、練習や試合当番、応援などでスポーツの現場にいることが多いので、このような指導者の不適切な態度を目の当たりにすることは多々あります。
しかし自分の子どもがターゲットでなかった場合、親たちは指導者の不適切な態度を「容認」してしまうこともあります。また試合中親たちも熱くなってしまい、「何やってんだ」「いい加減にしろ」など、観衆的な態度や加害的な態度をとってしまうことさえあるのです。
「スポーツ・ハラスメント」は指導者だけの問題ではありません。
親も含めて、スポーツにまつわる全ての人が「スポーツ・ハラスメント」の加害者にも容認者や観衆者にもなりうることを心にとめて、Player`s Firstの環境を作り上げていきたいものです。
アメリカでは、すでに親への啓発活動が行われています。日本でも保護者を対象とした「ペアレント教室」などが徐々に始まりつつあります(写真)。指導者側からも積極的に親に働きかけていき、指導者と親が協働し合えるPlayer`s Firstの環境づくりを期待しています。
引用文献
・厚生労働省 (2012). 職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370.html
・森田洋司・清水 賢二(1994). 新訂版 いじめ-教室の病- 金子書房
・藤後悦子・大橋恵・井梅由美子(2017). 子どものスポーツにおけるスポーツ・ハラスメントとは
・東京未来大学研究紀要, 12, 63-73.
藤後 悦子 プロフィール
東京未来大学教授、立教大学・筑波大学大学院兼任講師を経て現在に至る。筑波大学にて博士号(学術)取得。臨床心理士、臨床発達心理士。地域スポーツ、親子関係、森田療法を活用したメンタルトレーニングなどを研究。
スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。
答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。
主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。
開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。
ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍
NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。
このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。
このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。
エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』
序文 フィル・ジャクソン
第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの
第2章:ダブル・ゴール・コーチ®
第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング
第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット
第5章:スポーツ選手の感情タンク
第6章:感情タンク実践ツールキット
第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意
第8章:試合への敬意の実践ツールキット
第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)
第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する
本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』
元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!
子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。
一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。
ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』
バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
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数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)
・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言
暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。
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