マルチスポーツとは選手が多種目に取り組むこと
マルチスポーツとは、選手が1つの種目のみに参加するのではなく、多様な競技に参加するスポーツの参加方法のことを指します。日本では、1つの種目のみに参加する傾向がとても高いですが、アメリカでは基本的にシーズン制を取り入れていて、子供年代のスポーツクラブなどでは、多種目に取り組むのが一般的です。
スポーツ大国のアメリカでは、なぜマルチスポーツが一般的に浸透しているのでしょうか。そのカギは、子供の成長に欠かせないスポーツの取り組み方という点にあります。
本記事では、マルチスポーツがなぜ子供の成長に効果的なのかと実際にマルチスポーツに取り組んでいる事例を紹介します。
マルチスポーツは子供の成長に欠かせない|心技体から解説
マルチスポーツは、子供の成長に欠かせないスポーツの方法です。下記では、身体的・精神的成長と、子供がメインとする種目の技術面の向上という3つの観点から解説します。
ポイント①身体の成長
子供の身体的な成長において、マルチスポーツはとても効果的です。なぜならば、多種目に参加することで、子供が色々な体の動き方を身につけることができるからです。真砂1)の実験では、5歳の子供51名(男児26名/ 女児25名)を対象に34種類の基本的な体の動きがどれだけ観察できたかという調査をしています。
この実験では、下記のように体の動きは大きく3つ(細かく分けると34種類)に分けられていて、子供の体の動きには偏りがあって、子供の身体的な成長には、スポーツや体育などで普段やらないような動きを身につけることで身体的な発育発達が促せることが述べられています。
体のバランスをとる動き(平衡系動作) | 立つ・起きる・座る・しゃがむ:100% 乗る:96% わたる・とんでわたる・ぶらさがる:43% 回る・転がる:53% 組む・積み重なる・おんぶする:4% 逆立ちする:0% |
体を移動する動き(移動系動作) | 走る・追いかける:100% 歩く:100% のぼる・おりる・すべりおりる:73% 跳ぶ(垂直に):41% はねる・スキップする:33% 後ろに歩く・後ろに走る:8% 滑る:0% くぐる:0% |
用具を操作する動き・力試しの動き(操作系動作) | 持つ・もちあげる・おろす:100% わたす:43% 運ぶ・動かす:90% こぐ:31% 掘る・削る:49% 投げる:16% つかむ・つかまえる:22% 当てる:10% 蹴る:18% 捕る:4% 押さえる・もたれる:6% ふる・ふりまわす:8% 積む:12% 押す・倒す:8% 支える:8% つく:4% ひく・ひっぱる4% 倒す・押し倒す:6% 打つ:0% |
幼児における基本的な動きの種類と出現頻度について
(真砂,2018)
つまり、非日常的な身体の動きを、スポーツで身につけることによって、子供の身体の発達が促されるため、子供が「運動ができる」という自信が身につき、運動が楽しくなるので、将来的に健康寿命が伸びるというメリットがあります。
実際に国連教育科学文化機関(UNESCO)が出している報告書2)によれば、身体活動に1ドル投資すると3.2ドル医療費を削減できることが明らかにされています。
子供が色々な体の動きを身につけて身体を発達させて、有能感(自分は運動ができるんだという自信)を高めれば、運動の継続につながりやすくなり社会的には医療費の削減といったメリットもあるのです。
ポイント②精神的な成長
子供の精神的な成長という点においてもマルチスポーツはとても意味があります。精神的な成長といってもさまざまですが、ここでは、子供の自信がつくというポイントから説明します。
まず、子供の身体能力が高くなることは、すでに説明しました。子供の身体能力が高まる過程の中で、子供に起きる変化として「自分はやればできるようになる」という感覚が芽生えます。これを、セルフ・エフィカシー(自己効力感)といいます。
実際に、125人の小学生グループに対する調査3) では、下記の結果が明らかになっています。
マルチスポーツ実施グループ(63人) | マルチスポーツ非実施グループ(62人) | |
20mシャトルラン | Up↑ | Up↑ |
投擲(とうてき) | Up↑ | × |
プロセス志向 | Up↑ | × |
結果志向 | Up↑ | × |
自信(セルフ・エフィカシー) | Up↑ | × |
小学生の子どもにおけるマルチスポーツのメリット
(Caterina etal., 2012)
つまり、マルチスポーツでは、運動能力が高まることを通して、子供の自信を育むことができるのです。この、自信は、スポーツパフォーマンスを高めることにつながります。
こうした精神的な要素は、子供が社会人になったときにも人生の教訓として、子供たちに残ります。
下記記事では、ライフレッスンとしての側面を詳しく書いているので、参考にしてみてください。
ソーシャルスキルとスポーツコーチングが人生100年時代の社会人基礎力を築く
ポイント③パフォーマンスの向上
マルチスポーツは、子供のスポーツパフォーマンスを高める上でとても効果的です。なぜならば、一つの種目に限らず、さまざまな体の動きを身につけることで、身体能力が高まるからです。また、身体能力が高まっていることを選手が感じ取れることで、自信がつくので結果的に試合での実力発揮にもつながります。
身体能力といっても、さまざまで、筋力や柔軟性、俊敏性、筋持久力、瞬発力などが小学生の体力テストの項目では扱われています。
これらの能力は、基礎的な体力として文部科学省が定めています。たとえば、子供が長距離走だけをしていたとすると、筋持久力は向上しますが、俊敏性や瞬発力などはそこまで向上しません。
一方で、長距離走やサッカー・ハンドボールなどの俊敏性の求められるスポーツ、バレーボールやスプリント種目などの瞬発性が求められるスポーツなどに、幅広く取り組むことで、子供の身体能力は高まります。
結果的に、できる感覚をもった子供は、試合という「自分は試合で実力が発揮できるかどうか」不安を持ちやすい場面でも、自信をもってプレーができるのです。
試合というのは、勝ちと負けしかありませんが、単純に高いパフォーマンスを発揮した方が勝つ可能性は高まります。100の実力を持ったチーム同士が戦ったときに、90の実力を発揮できたチームと、30の実力しか発揮できなかったチームでは、90の実力を発揮できたチームのほうが勝つ可能性は高いということです。
この実力をどれだけ発揮できるかどうかという要因に、自信などの心理的側面はとても大切です。
マルチスポーツに役立つコーチング方法
ここでは、マルチスポーツに役立つコーチング方法を紹介します。マルチスポーツを指導するうえでは、単に技術の良し悪しを判断するのではなく、子供がチャレンジしたこと、努力をしたこと、学んだことなどを褒めて伸ばしてあげるコーチングはとても効果的です。
競技横断型の指導方法|ダブル・ゴール・コーチング
ダブル・ゴール・コーチングは、マルチスポーツを指導するうえではとても効果的です。ダブル・ゴール・コーチングとは、Positive Coaching Allianceが提唱している、勝利とライフレッスンの両立を目的としたスポーツコーチングの方法です。
このダブル・ゴール・コーチングでは、単に技術の指導に焦点を当てて、コーチングをするのではなく、選手の努力・学び・失敗に焦点をあてて指導をします。
技術の良し悪しや、試合の結果に対して、コーチングをするのではなく、選手がチャレンジしたかどうか、失敗から学んでいるか?に対してポジティブなフィードバックをします。また、子供にとって失敗することは当たり前という前提のもと、子供たちにミスから学ぶ姿勢を身につけられるようなコーチングをします。
アメリカのユーススポーツでは、このダブル・ゴール・コーチングのワークショップを受けていないと、下記のようなスポーツ活動への制約が生まれるほど大切にされているコーチング方法の1つです。
- グラウンドが借りられない
- 試合に出られない
- 試合でベンチ入りできない etc…
このように、ダブル・ゴール・コーチングでは、技術の良し悪しだけでなく、選手の人生に役立つことに着目してコーチングを実施するので、汎用性が高いといえるでしょう。
ダブル・ゴール・コーチングについて、詳しい記事は下記をみてみてください。
子供をスポーツでも人生でも勝者に導くダブル・ゴール・コーチング
マルチスポーツの事例:Skyhawks(スカイホークス)
Skyhawks(スカイホークス)は、1979年に設立されたアメリカで大規模に展開しているユーススポーツスクールの1つです。広大なアメリカ合衆国の半分以上の州でユーススポーツのプログラムを提供しています。
Skyhawks(スカイホークス)では、スポーツを通してライフスキルを教えることをコンセプトに掲げています。
数百もの地方自治体や組織とパートナーシップを結んでおり、サマープログラムはアルバイトのコーチを含めて1,000人を超えるコーチを雇用しています。
このSkyhawks(スカイホークス)では、2,000,000を超える子供たちがすでにプログラムを受講しているという実績があります。
プログラムは4歳から14歳までの子供を対象としていて、下記スポーツを1セッションの中でいくつも取り入れています。
- 野球
- バスケットボール
- チアリーディング
- フラッグフットボール
- ゴルフ
- ラクロス
- サッカー
- テニス
- 陸上
- バレーボール
このSkyhawks(スカイホークス)は、2019年にNPO法人スポーツコーチング・イニシアチブの活動の1つとして、ダブル・ゴール・コーチングのワークショップの視察に筆者が同行した際に、米NPO法人Positive Coaching Allianceから紹介されました。
その時に、練習風景を見学させてもらいましたが、30分程度の練習をしたら休憩を挟んで、別のスポーツをするといったように、子供たちが飽きないようなプログラムが実践されていました。
子供たちは、のびのびと楽しそうにスポーツをしていましたし、コーチの声かけもとてもポジティブなものでした。野球をしている最中に子供が遅刻してきましたが、怒ることは一切なく、むしろ遅れてきた子を輪の中にうまく入れてあげていたほどです。
このSkyhawks(スカイホークス)は、コーチとして雇用される際に、必ずダブル・ゴール・コーチングのワークショップを受ける必要があります。このように、アメリカのユーススポーツプログラムには、子供を育むためのプログラム・指導者の資質を兼ね備えている団体もあります。
まとめ
マルチスポーツとは、選手が多種目に取り組むスポーツへの参加方法のことで、子供の成長を促進します。身体的側面では、体の動きを身につけることにつながりますし、精神的な側面では、自信が高まり、目標遂行能力も高まります。
また、最終的にメインの競技でのパフォーマンスも向上し、子供にとっては多くのメリットがあります。しかし、マルチスポーツに取り組む上で指導方法に困るというケースは少なくありません。従来の指導方法では、技術の良し悪しだけで選手をコーチングすることが多いからです。
ダブル・ゴール・コーチングでは、競技の技術の良し悪しよりも選手の努力・学習・ミスに焦点をあててコーチングをすることで、子供の成長を促進します。
アメリカでは、既にダブル・ゴール・コーチングのワークショップを受けたコーチ達が数多く活動していて、Skyhawksはマルチスポーツプログラムを全米に展開している団体の1つです。
本記事を参考にして、子供を育むスポーツ環境づくりに役立てていただけると幸いです。
参考文献
- 真砂雄一(2018).幼児における基本的な動きの種類と出現頻度について 小池学園研究紀要, 16:99-106.
- United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization(1999).Third International Conference of Ministers and Senior Official Responsible for Physical Education and Sport (MINEPSⅢ) Final Report
- Caterina Pesce, Avery Faigenbaum, Claudia Crova, Rosalba Marchetti and Mario Bellucci(2012).Benefit of multi-sports physical education in the elementary school context Health Education Journal, 72(3):326-336.
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