「コーチの成長」と社会における「スポーツの価値」とは(後編)

前編はこちら)

コーチに必要な「意識の構造」の変化

関口:私はコーチの成長を三つの軸で捉えています。

1つ目は水平的な成長です。つまり「スキル」を身に付けることです。コーチングに関するスキルを身に付けたり、戦術に関する理解を深めたり…。「スキル」は継続的なトレーニングによってどんどん上達させることができます。

もう1つは垂直的な成長で、これは人としての器が大きくなっていく…ということです。言い換えると、「意識の構造」が発達するということになります。

最後は本質的な成長。これは、あるがままの自分でコーチングできる、自分らしくコーチングをできるようになる、ということです。

今日はこのうち、垂直的な成長を取り上げたいと思います。なぜなら、この垂直的な成長が先にお伝えしたアスリートの育成、つまり、次世代に求められる人材の育成において重要だからです。

「意識の構造」とは、世界の視え方のことを指します。成人以降にもこの意識の構造が変化する可能性があると成人発達理論で言われています。

では、意識の構造が発達するとはどういうことなのか。

それは「私」と「あなた」と「社会や世界」の関係性の捉え方が変わる、ということです。

では、これはどうやって変化していくのでしょうか。

成人以降には4つの段階があると言われています。今回は簡単ではありますが、各段階の特徴をご紹介いたします。

まずは「利己的・道具主義的」段階です。これは自分にとって他者は自分の欲求や感情を満たすための道具と考えているような段階です。社会や世界との関係性でいうと、あたかも自分が世界の全体や中心のように捉えているような段階とも言えます。

その後、「他者依存・慣習的」段階に移ります。前の段階に比べると、自分だけだった世界が広がりをみせ、自分以外の存在やその期待が認識される段階でもあります。しかし、自分が所属する社会や組織で言われている慣習を忠実に守って意思決定する段階です。自分が所属する社会や組織で言われていることが自分の意見だと思いこんでいる段階とも言えます。

その後に来る段階が「自己主導」段階です。自分なりの考えや価値体系が明確化され、構築した持論を基準に自律的に行動できる段階です。その一方、自分以外の価値観を受け入れられないという側面もあると言われています。

その後は「自己変容・相互発達」段階となります。この段階では、自分の価値観だけではなく、様々な価値観があることを理解できるようになり、場合によっては自分の価値観を柔軟に変えることができます

この成人発達理論を理解する上で、いくつか注意しなくてはいけないことがあります。

ひとつは、意識の構造はすぐには変わらないということです。

一つの段階を進むのには5年から10年、それ以上の時間がかかるとも言われています。発達段階を一気に進んだり、飛び越えたりすることはできません。段階を進むには時間が必要です。

そしてもうひとつは、発達段階に優劣はないということです。発達段階が低いから劣っている、高いから優れているというわけではないのです。

自己決定的で自律的なアスリートを育成するためには、コーチの意識構造の発達が欠かせないのではと私は考えています。

意識の構造が急激には変化しないことを踏まえた上で、それぞれの発達段階に応じた問いを自分に対して問い続けることが大切なのではないでしょうか。

発達段階を評定するには専門家によるインタビュー手法を用いる必要があります。それはここではできませんので、以下のような問いについてご自身で考えてみてください。

「選手を勝たせたいのは、自分が勝ちたいからではないのか?」

「社会で言われていることや科学的なデータが出ていることがすべて正しいと思っているのではないか?」

「自分の持論に執着していないか?」

「他人の価値観に対してイライラしていないか?」

先ほどお伝えしましたが、意識の構造はいきなり発達することはありませんし、飛ばすこともできません。つまり、心(意識)の発達という長い旅路であるとも言えます。

自分が今どのように「自分」「他者」「社会や世界」を認識しているのかを感じ、それぞれの認識を噛みしめ、次のステップは何なのかを考えることが重要です。

そうして、自己・他者・世界の理解が進んでいくのではないかと思います。

スポーツの力を最大限に活用して育成することができるアスリートを育てるために、こうした問いをコーチ自身が問い続けることが必要なのではないでしょうか。

 

コーチの役割は「アスリートを自律させること」

相馬:私がキャリア支援の現場にいて感じたことを1つお伝えしたいと思います。

それは、トップアスリートになるためには「自律」が必要だということです。

トップアスリートは相当な厳しいトレーニングに耐えてきています。そして、厳しいトレーニングに耐えられる理由には、2つのパターンがあると感じています。

前提として、そのトレーニングの方法が自分にとって「正しい」と思えないと、厳しさに耐えられないと思いますが、それを正しいと理解する時に、「信頼できる他者が正しいと言っているから」という理由で正しいと思える、というのが1つ。もう1つは「自分にとって必要だと自分で理解している」という理由で正しいと思えるというパターンです。

そして、ある段階で前者から後者にシフトする必要があると思っています。なぜなら、競技人生の中で自分のコーチが変わるケースが出てくるからです。先ほどの2つのパターンの前者にとどまっていると、コーチが変わった瞬間にパフォーマンスが落ちてしまう可能性が出てきます。

だからこそ、アスリートを自律させることが重要です。それがコーチの役割だと考えています。

スポーツの価値を広めるためにも、コーチがインフルエンサーに

相馬:これまでお話してきたように、スポーツにはたくさんの価値があります。とりわけ「教育的な価値」があります。

これまでは、スポーツを通じて競技以外の場面で役立つスキルを学ぶという考え方はあまりありませんでした。忍耐力や礼儀などの「体育会系スキル」は社会の中で理解されていますが、それ以外にも社会で活きる力はたくさんあるのです。

それを皆さんに理解して欲しいと思っています。

そして、コーチは選手に対して、スポーツはそのような学びの場だと自覚させ、また社会に対してスポーツの教育的価値を伝えていく役割を担っています。

つまり皆さんには「インフルエンサー」になって頂きたいのです。社会に対して影響力を及ぼして頂きたいのです。

スポーツの価値が社会の中に広がると、選手やコーチがリスペクトされるようになります。そうすると、選手は引退後も社会の中で認められ、選択肢が増えていきます。また、選手を目指す人が増えていきます。

さらには、競技を観に来る人も増えます。そうすると主催者の収入が増えます。協賛したいという企業も増え、スポーツに対して投資や寄付をする人が増えていきます。競技団体へ寄付がされるというのは、実際にイギリスではたくさん起きている現象です。

コーチの皆さんがスポーツの価値を広めていくことで、スポーツ界の将来はこのようなハッピーな絵が描けるのではないかと考えています。

関口 遵

日本体育大学体育学部(コーチ学)助教。オーストラリアンフットボールクラブR246ライオンズ代表。

スポーツコーチの学び・教育・育成に関する研究。国内外のスポーツコーチング研究のみならず、インテグラル理論、成人発達理論、人的資源・組織開発、教師教育学などの理論を統合させた、スポーツコーチ支援環境の構築を目指して活動中。NSSU Coach Developer Academyの創設に携わり、プロジェクトのデザイン・マネジメントに従事した。

 

相馬 浩隆

公益財団法人日本オリンピック委員会 JOC国際人養成アカデミーディレクター。 キャリアカウンセラー。

明治大学商学部卒業後、モータサイクルスポーツの中央競技団体 に勤務。退職後、筑波大学大学院の専任研究員を経て現職、競技団体の非常勤事務局員、 大学の非常勤講師を兼務する 。スポーツ選手とそのキャリア(生き方)に係わる課題解決 が、この 10 年の最大関心事。「スポーツ経験を通じて培ってきたことの中には、社会で能力として活用できるものがある」ことを伝え続けている。

 

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