勝利と成長の両立を目指すとはどういう事なのか?
〜マインドセットの観点から〜

コーチングステーションメルマガ

近年のスポーツ界で起きている体罰問題をきっかけに、コーチの在り方が見直されてきました。

過剰に勝利を目指す「勝利至上主義」に対して警鐘が鳴らされはじめ、これまでのコーチが一方的に選手に対してやらせる指導方法から、選手を育てることを意識した指導方法が普及しはじめています。

選手を育成する大切さが浸透する一方で、「じゃあ、勝つことは気にしなくていいのか?」、「ただ選手に好きなようにやらせる事で本当に成長するのか?」と言った疑問の声も耳にするようになりました。

ここで大切なポイントは、勝利と育成のバランスです。そして、バランス次第では選手の勝利と成長の両立を目指せるでしょう。

勝利と成長の両立を目指す方法の一つとしてこのコーチング・ステーションで紹介しているのが、「ダブル・ゴール・コーチング」です。

今回は、ダブル・ゴール・コーチングで掲げている勝利と成長の両立を目指すことがどのようなことなのか「成長マインドセット」と「固定マインドセット」の観点から解説します。

勝利と人間的成長の両立となる基本の考え方は「成長した結果勝利につながる」ということ

勝利と成長の両立を目指すことにおいて、基本的な考えた方としては、「成長を追求した結果、勝利に結びつく」ということです。

ここで、押さえておきたいポイントとしては、「勝利を諦めたりベストを尽くせば負けてもいい」という考え方ではないのです。

勝利を目指すことはあくまで前提です。勝利至上主義でよくみられる過剰なまでに勝敗にこだわる姿勢ではなく、選手が最大限に成長して実力を身につけ、その結果勝てるようになるという姿勢を大切にします。

なぜ、選手の勝敗ではなく成長に重きを置くかというと、コーチが選手の成長に目を向けることで選手のモチベーションを高め、パフォーマンスが高まりやすいからです。スポーツ心理学の科学的知見の中では、、コーチが選手に対して必要以上にプレーの結果(勝敗やプレーの成功失敗など)に注意を向けさせることは、スポーツ参加やパフォーマンスの向上において弊害が多いことがわかっています。

子供をスポーツでも人生でも勝者に導くダブル・ゴール・コーチング

過剰な勝利至上主義やプレーの成功のみの追求は選手のミスへの捉え方に影響

過剰な勝利至上主義やプレーの成功のみの追求は選手のミスへの考え方へ影響します。この弊害の1つは、成功に必要な学びのプロセスとしてのミスになることが難しくなってしまうことが挙げられます。 

スポーツ現場でよくある光景として、練習や試合中にミスをしたり指示してないプレーをしてしまった時にコーチから選手へプレーのダメ出しの声が飛ぶようなことがあります。

ミスに対してコーチからダメ出しされると、選手はミスをしないようにすることに気が向いてしまいます。 

本来であれば、選手がミスした時にどうすればうまくいくか試行錯誤しながらより良いプレーを目指すものですが、選手にとってミスがしにくい練習環境だとミスや失敗から学ぶことが難しくなってしまいます。

これは試合の勝敗にも言えることで、勝つことのみが価値判断の基準になってしまうと、負けた経験から選手が学ばなくなってしまうことにもつながります。

なぜ勝利至上主義が問題なのか?〜スポーツ心理学の観点からメカニズムの説明〜

スポーツにおける勝利至上主義がもたらした社会的弊害

勝利至上主義からの脱却のために!アスリートセンタードコーチングの考え方

評価基準を「勝ったか負けたか」から「どれだけ成長出来たか」へ

コーチが勝利のみを価値判断の基準とする勝利至上主義から脱却し、選手の成長を促すために必要になるのは、プレーの評価基準を勝敗や成功失敗などの「結果」から、努力やミスしてもチャレンジを続ける姿勢といった「成長」に変えることです。

この部分に関わるモチベーションの理論として、キャロル・デュウェック博士(Carol Dweck)が提唱した成長マインドセットが挙げられます(Dweck, 2015)。成長マインドセットの根本になっているのは、目標志向性と呼ばれる理論が関係しています。

成長マインドセットには、下記の2つのメカニズムが関係しています (Wolcott et al., 2020)。「自身のパフォーマンスや結果に意識が向いている選手は、他の選手と比べていいパフォーマンスをしようとする気持ちが働きやすい。」

「成長に意識が向いている選手は、他者比較ではなく自身の成長や新しい知識を得る事に関心がある。」

デュウェック博士はこの理論を発展させて、

「成長マインドセットの選手は、自身の能力が成長や努力によって発展させる事が出来ると考える。」

「反対に固定マインドセットの選手は、自分の能力は既に決められており努力に価値を見いだせない。」

といったマインドセットのメカニズムを説明しました。

まとめると、成長マインドセットによって自分の努力で成長する実感を持てるようになり、その結果ミスを成長の機会だと捉えられるようになるのです。

そして、指導者が成長マインドセットを持つと、パフォーマンスの結果よりも選手の成長に目が行きやすくなります。 

マインドセットはバランスが大切

マインドセットは、バランスがとても大切です。マインドセットにおいてよくある誤解としては、成長マインドセットが良くて固定マインドセットが悪いのではないということです。

どちらかに偏った考え方は、間違った成長マインドセットを育んでしまうことをデュウェック博士はのべています。

ただし、多くの人の場合は、固定マインドセット側に寄りすぎた考え方をしているケースが多いです。そこで下記では、成長マインドセットを知ってもらう意味で成長マインドセットについて詳しく解説します。

成長マインドセットを育むための取り組み

ここでは、成長マインドセットと固定マインドセットのバランスを整えていくための取り組みをいくつかご紹介します。

今回は、成長マインドセットに比重を置いた取り組みが必要である前提での取り組みを紹介します。

1. 自分のマインドセットに気づく

成長マインドセットを育むためには、自分自身の言動を振り返り、どちらの傾向が強いかを知ることが大切です。

Wolcottらの研究では、いくつかの観点から固定マインドセットと成長マインドセットの考え方について比較したものをリストにしています。

下記のリストを参考にして、自分ならどちら側の考え方をするか参考にしてみてください。

場面固定マインドセット成長マインドセット
知性に対して知性は変わらないもの知性は発展させられる
集中するのはスマートに見せるため学習するため
難しい事に対して避ける傾向がある受け入れる傾向がある
困難に直面するとすぐ諦める頑張り続ける
努力とは能力が足りてない証拠成功に欠かせない物
批判に対して無視をする自分の成長に活かす
他人の成功は自分の立場が危うい自分を鼓舞する
目標の傾向パフォーマンスの結果スキルの上達

2. 成長を重視した「成長目標」を立てる

成長マインドセットを育む上では、日々の練習で立てている目標の質を「スキルの成長」に焦点をあてた「成長目標」はとても効果的です。

成長目標の例としては「選手全員に対してチャレンジした姿勢を褒める」といったように、具体的に身につけたいコーチングスキルを目標にします。

そして、そのスキルを身につけるために必要な練習も合わせて決めます。例えば、「褒める時に選手の名前を呼んで、誰を褒めたかを意識する」といった具合です。

スポーツコーチングのアイディア集|選手の成長しやすい練習環境を整えるには?

3. 練習後に成長目標と練習を振り返る

練習後に立てた目標と練習の振り返りで、どの程度成長できたか実感できます。

この時に「一歩踏み込んで振り返るクセ」を持つようにしましょう。例えば、練習で全員の努力した姿勢を褒められたのであれば、その理由も書き残しておきましょう。

もしうまくいかなかったのであれば、その原因を分析してみましょう。

この一歩踏み込んだ振り返りが学びのヒントになり、次の練習でどんな取り組みをすればいいかが見えてきます。

上記の1から3のサイクルを継続することでプロセス思考を育むトレーニングができます。

今回はコーチの目標設定の例を紹介しましたが、選手であれば新しいスポーツ技術の習得におきかえて活用できます。

目標設定の質と選手への影響〜成長目標を活用して選手の考え方を育む〜

まとめ

勝利と育成を目指すことは、「成長することで勝利につながる」と考えると両立しやすいです。コーチとして、選手の努力やミスに対するチャレンジを評価すると、選手の成長を促しやすいです。

コーチが選手の成長を評価するには、コーチ自身が成長マインドセットを育むことが大切になってきます。

多くのコーチは、固定マインドセットに寄りすぎた視点で選手のプレーを評価してしまいがちです。

結果として選手に対してミスの指摘や勝敗を必要以上に意識させてしまう声かけが増えてしまっているケースが多く見られます。

そこで、

  1. 自分のマインドセットの傾向を把握する
  2. 自分がコーチとして成長するための目標設定と取り組みを定める
  3. 振り返りを継続して行う

のサイクルを回し、コーチ自身が成長マインドセットを育むと選手の努力やミスに対するチャレンジを評価しやすいでしょう。

ただし、マインドセットは固定マインドセットと成長マインドセットのバランスが大事で、100%の成長マインドセットを持つことは、間違った成長マインドセットを育んでしまうことも注意しましょう。

コーチが成長マインドセットを持った状態で声かけやフィードバックをすると、選手も自然と成長マインドセットが育まれます。

今回の記事をヒントに、勝利と成長を目指すアプローチにチャレンジしてみてください。

参考文献

Dweck, C. (2015). Carol Dweck revisits the growth mindset. Education Week, 35(5), 20–24.

Wolcott, M. D., McLaughlin, J. E., Hann, A., Miklavec, A., Beck Dallaghan, G. L., Rhoney, D. H., & Zomorodi, M. (2020). A review to characterise and map the growth mindset theory in health professions education. Medical Education.

スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。

主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。

開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!

子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブについて

スポーツコーチング・イニシアチブ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

略歴 2007年東海大学理学部情報数理学科卒、2009年東海大学体育学研究科体育学専攻修了。東海大学大学院では実力発揮と競技力向上の為の応用スポーツ心理学を学ぶ。 2014年8月よりテネシー大学運動学専攻スポーツ心理学・運動学習プログラムに在籍。スポーツ心理学に加え、運動学習、質的研究法、カウンセリング心理学、怪我に対するスポーツ心理学など幅広い分野について学ぶ傍ら、同プログラムに所属する教員・学生達のメンタルトレーニングを選手・指導者へ指導する様子を見学し議論に参加する。 2016年8月より同大学教育心理学・カウンセリング学科の学習環境・教育学習プログラムにて博士課程を開始。スポーツスキルを効率良く上達させる練習方法、選手の自主性を育む練習・指導環境のデザインについて研究している。学術的な理論や研究内容に基づいた実践方法を用いて、日本・アメリカのスポーツ選手に対して実力発揮のメンタルスキルの指導とスポーツスキル上達のサポートも積極的に行なっている。