下町の小さな女子サッカークラブが、たった2年で関東大会へ~「意志の力」を生み出す新しい指導の形~

廃部寸前からわずか2年で関東大会へーー。

2018年、全国最激戦といわれる東京都中学女子サッカー界で衝撃的な快進撃を続けるクラブがあります。FC HERMANA(以下エルマナ)。東京都荒川区にある下町の小さな女子サッカークラブです。

監督の石尾潤さんは、現役時代に名門國學院久我山高校で2009年の全国高校サッカー選手権ベスト8。大学進学後指導者に転向し、一度一般企業に就職。社会人4年目に入る2016年4月にエルマナを運営するNPO法人スポーツカントリーアンビスタを創設し代表理事になると同時に、FC HERMANA U-15ジュニアユースの監督に就任しました。

クラブの設立自体は2007年。その後は試合ができる人数がそろわない時期も長かったそうです。石尾さんが監督に就任した頃、在籍者が一人もいない学年もあり、公式戦に出場するのもギリギリ…という状況だったといいます。

当時のチームを石尾さんはこう振り返ります。

「元々サッカーが好きな女の子が『続ける場づくり』としては価値ある空間だったが、クラブ創設者であり現代表の星野の教育に対する想いや女子サッカー・地域にかける愛情が伝わり切っていないと感じていました。だから、その代表の内に秘められた想いをカタチにするために、自分の人生を賭けて『サッカーを愛する少女たちに最幸の環境を』を本気で実現しようと決意しました。」

そんな思いを胸に監督に就任した石尾さん。

すると、突如「3ヶ年目標」なるものを掲げます。

しかし、それは当時のチーム状況からすると誰もが目を疑うものでした。

①関東大会出場

②東京都女子リーグ2部昇格

③東京トレセン輩出

④定期テストチーム平均点70点越え

⑤在籍者30名越え

「若気の至りでした(笑)」と石尾さんは当時を振り返るが、これを本当に全て成し遂げてしまうのだから恐ろしい。

存続の危機に陥っていたクラブが、わずか2年で関東大会に出場し、各学年で東京トレセンを輩出、今や下部組織もあわせると70名を超えるビッグクラブにまでに成長を遂げたのです。

一体、クラブにどんな改革を施していったのでしょうか?

そこには、石尾さんの常識に捉われない斬新なアプローチがありました。

「キャリア教育」で引き出す「意志の力」

石尾さんがまずメスを入れたのは、練習方法やチームスタイルではなく、グラウンド「外」での取り組みでした。

Academia Ambista(アカデミアアンビスタ)」という文武両道支援特化型アカデミーを立ち上げたのです。

Academia Ambistaでは「自分で好きといえるジブンになる」ことを目指し、文武両道を通じて得られるこれからの社会を生き抜くために真に必要な力を伝えています。石尾さん自身が講師を務め、マインドセットやソーシャルスキル(社会人基礎力)の習得を目的としたグループワークやケーススタディを中心とした授業をおこなっています。

「目的、つまりWhyの部分を徹底的に考えさせています。いろんなバックグラウンドを持った選手が集まる中で、「なぜサッカーなのか?」と問い続けることで、サッカーに対するスタンスを揃えていくのです。自分自身の人生におけるサッカー経験を意味づけして、あとは適切な目標設定と、それを実現するためのプロセス構築の方法を教えていきます。」

その結果、グラウンドの「中」でも選手に大きな変化が生まれます。

「選手自身がトレーニングを創るようになりました。練習の目的は何なのか、今なぜ必要なのか、何を変え、どう工夫すべきなのか…。本来指導者が与えるであろう要素を選手自身が考え、判断し、行動するようになりました。すると、練習の質が自然と高まったのです。」

さらに、他のチームにはない強力な「武器」を手に入れます。

「自分で決断することに対して責任感を持つというマインドが育ってきました。これを私は「意志の力」と呼んでいます。決断することへの覚悟が生まれ、決断が早くなり、決め切ることが圧倒的に増えました。その結果、試合中での0コンマ何秒の勝負の世界で勝てることが増えたんです。」

甘くない現実。そして、壁を乗り越えて成し遂げた2年目の快挙。

しかし、それだけですぐに結果が出るほど、現実は甘くありません。

監督就任1年目の東京都3部のリーグでは降格争いの日々。結果的に残留したものの、9試合でわずか1勝に終わったのです。

さらに、選手の心も限界に近づいていました。

「結果が出ていない中で、さらに高い目標を目指していました。そこで選手との温度差が生まれてしまいました」と石尾さんは当時を振り返ります。

それでも掲げた目標の実現を信じて盲目的に目指せる選手、「どこまで頑張ればいいんだ…」と疲弊してすり減っていく選手、グループをつくってお互いに足を引っ張りあうチーム…。

そうしてチームは、出口の見えないトンネルの中でもがき苦しみ続けていました。

そんな中にも、一筋の光が差し込みます。

2年目に突入する直前の2月に、都内の強豪チームと対戦。

それまでならまともな勝負にならなかった相手に、0-1と善戦したのです。

「年間リーグでは結果が出なかったけど、最後の最後で「やれた!」という感覚がありました。」

選手の変化を感じつつも、結果が出ないジレンマと戦い続けた1年間。

そして、最後に見えた希望を持って、迎えた監督2年目。

石尾さんは、監督就任2年目のシーズンをこう表現します。

「望んだすべてが手に入る、夢のような1年でした」

石尾さんの地道で継続的な取り組みが、実を結び始めます。

まず、クラブのビジョンや哲学に魅力を感じた新1年生が14人も入部したのです。これで在籍者は合計30人に。

人数の増加に伴い、年間リーグには3部と5部に2チーム出場し、1年目はわずか1勝だった東京都3部リーグでは8勝1敗のダントツ優勝、5部でも9勝1分けでアベック優勝を遂げました。

東京トレセンにも東京都3部チームでは唯一、2名が選出。

夏休みに行われたフェスティバルでも優勝し、交流戦ではJリーグの下部チームにも勝利を挙げました。

「サッカーの能力も、もちろん伸びました。しかし、セレクションをしているような強豪クラブの選手を追い越したわけではない。それでも勝てたのは、やはり「意志の力」だったと思います。」

「それまで与えられていた目標だったあの5つが、本当に「自分たちの」目標になり始めていた。「勝ちたい」という想いが彼女たちを突き動かしていました。だから、どんな逆境に立たされても彼女たちがそれに負けることはありませんでした。」

石尾さんが監督に就任して2年目の1年間は、当時中学3年の「カリスマ世代」が躍動し、クラブの歴史を次々と塗り替えていきました。

いよいよ掲げた3ヶ年目標はあとひとつ。

満を持して、3年目は本気で関東大会出場を目指すーー。

・・・はずでした。

しかしそこにはまだ、大きな大きな壁が待ち構えていたのです。

長いトンネル。そして決断。V字成長で関東大会へ。

エルマナの新たな歴史を築き上げてきた「カリスマ世代」が引退し迎えた3年目。

新チームが始動すると、思わぬ壁に直面します。

「圧倒的な存在感を放つ先輩の後ろを全力で追いかけてきた彼女たちは、それまで自分たちが先頭に立ち、なにかを背負った経験がなかったんです。いざ最高学年になると、チームを引っ張る、支える力強さがないことに気づきました。素直でいい子たち。サッカーにはいつも一生懸命。やる気がないわけじゃない。勝ちたいとは思っている。でもなんだかもう一つ物足りない…という感じになってしまっていました。」

いつの間にかチームは長い長いトンネルに突入していました。

どうしたら「戦えるチーム」になるのか…石尾さんも、答えの見えない日々が続いたと言います。

その時すでに2018年の3月。関東大会予選まで残り1か月を切っていました。

もがきにもがいて苦しんで、石尾さんと選手たちはある1つの答えを導き出します。

それは…「キャプテンを2年生に変える」。

ほとんどのスポーツチームにおいて、最高学年の選手がキャプテンを務めます。

誰もが疑うことのない「当たり前」を壊す大きな決断でした。

「のれんに腕押し状態で疲弊していく選手たちの姿を見て、3年生は誰かについて行く中で力を発揮するタイプ、つまり、「フォロワーシップ」の力こそが強みであることに気づいたのです。そんな彼女たちに私は、理屈ではなくスポーツ界の当たり前だからという理由で「リーダーシップ」を押し付け、求めていました。一方で2年生は自分で燃えられるタイプの選手がいたのに、その雰囲気に委縮して縮こまっていたことにも気づかされました。キャプテン変更は、マネジメントの観点から、今この瞬間チームにいる一人ひとりの強みを最大限に生かすための決断でした。」

この決断が、チームに劇的な変化をもたらします。

「なにもできない、知らないまま突然キャプテン・副キャプテンになった2人の2年生。でも、ただ、ただただ、一生懸命で、素直で、だれがどう見ても『頑張って』いました。すると…3年生が最強の『フォローワーシップ』を発揮し始め、それに呼応して他の2年生が動き始め、1年生はそれを真似っこし始めたのです。そうしてチームは、『できないけど笑顔で頑張るリーダー』を中心に、一つに繋がっていったのです。」

キャプテン変更3日後から始まった春合宿では、過去にない密度・強度のトレーニングをこなし、そしてその10日後、関東大会予選でシードチームに勝利。

波に乗ったチームは、超激戦の東京で旋風を巻き起こし、一気に関東大会への切符を掴み取ったのです。

スポーツ界に新たな風を吹き込み続ける

グラウンド外で徹底的なキャリア教育を施し、スポーツ界の常識をぶち壊すマネジメントを次々と実行していく…。

「当たり前」に捉われない取り組みを続ける石尾さんが次に目指すものとは。

「『選手の伸びしろNo.1クラブを目指して』という理念は徐々に浸透していると感じています。セレクションをやっていなくても、育成で関東大会を狙えるチームなんだと。まずはそれを継続していくことが重要だと考えています。」

しかし、石尾さんが見据えるのは女子サッカークラブの育成だけではありません。

元々エルマナの監督に就任したのも、運営母体となるNPO法人スポーツカントリー・アンビスタを設立し、代表理事に就任したことから始まっています。

「『スポーツを愛する人々に最幸の環境を』というビジョンを掲げ、スポーツのチカラを活かした街づくりにチャレンジしています。」と語る同法人では、少年サッカークラブやチアダンスクラブ、幼児対象の総合スポーツ教室、スタジオ運営などにも取り組んでいます。

さらに、スポーツ指導者の在り方にも問題意識を抱いています。

「好きを仕事にしたから所得が少なくても仕方がない、日中はつまらない仕事をしていても指導があるから頑張れる…というような価値観が日本のスポーツ界では当たり前のようにはびこっています。しかし、スポーツ現場で働く指導者たちは、強い信念と情熱をもって、非常に高い教育的価値を届けています。」

「そんな『好きを仕事にしたアンビスタ』が、この地域の子どもたちに公私ともにワクワク幸せに生きている背中を見せ、子どもたちの憧れの職業としてスポーツ指導者が当然のように出てくるような仕組みを創り上げたいです。これは、子どもたちと日々関わる大人として非常に重要な「使命」だと思ってます。」

石尾さん自身、FC HERMANAでの指導をライフワーク(ボランティア)として位置づけつつも、複数(8つもあるそう・・・汗)の名刺を持つパラレルワーカーとして多方面で活躍し、他の仕事を通じて得た経験や人脈が、サッカーの指導に活かされているそう。新しいスポーツ指導者像を作り上げています。

こうして得た初めての関東大会への出場権。

未知の世界で「意志の力」を身にまとった選手たちの躍動する姿が楽しみです!

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荒川区から、スポーツ界に新たな風を吹き込み続けている石尾さん。

この度、「コーチング・ステーション」での連載が決定!

廃部寸前から2年で関東大会に出場するまでのストーリーをさらに深掘り、石尾さんの指導哲学やノウハウ、スポーツの持つ可能性など、テーマは多岐に渡ります。

乞うご期待ください!

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