「なでしこジャパンを本気で夢見た後で、コーチとして伝えたいこと。」~平出遥夏コーチ~

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2018年、日本サッカーのトップリーグ・J1で2連覇の偉業を成し遂げた川崎フロンターレ。

同クラブは、ホームタウンの川崎市内で普及を目的としたサッカースクールを運営しており、幼稚園の子どもから大人まで様々な年代のスクール生が通っています。

その中で若手の女性コーチである平出さんの指導が評判を呼んでいるそうです。

数年前までなでしこジャパンを夢見ていたと話す彼女に、コーチになった経緯や指導の心構え、コーチとして目指す将来像について聞きました。

勝負にこだわった学生時代を経て、フロンターレのコーチに

――本日はよろしくお願いします。まず平出さんが川崎フロンターレでコーチを始めることになった経緯から教えてください。

私はゴールキーパーとして小学校からサッカー漬けの日々を送っていて、レベルの高い環境を求めて県外の高校に進学し、大学でも日本一を目指して強豪の日体大に入りました。

トレセンや年代別の代表に選ばれたこともあります。もちろん、大学卒業後はなでしこリーグでプレーすることを希望していました。

でも在学中にいろんなチームの練習会に参加したのですが、卒業間近になってもなかなか良いめぐり合わせがなくて…。

そんな時に知人からフロンターレのスクールコーチの仕事を紹介してもらったんです。

サッカーに携わり続けたいという想いは強かったので、これを機に選手を引退してコーチになることを決めました。

――大学を卒業した後から、すぐに指導を始められたのですね。コーチの仕事にはスムーズに適応できましたか?

フロンターレのスクールは、メインコーチとアシスタントコーチの2名体制で指導にあたります。

最初の1年目はアシスタントコーチだけを担当するので、メインコーチのサポートをしていれば良かったのですが、2年目になって自分がメインコーチを担当するようになった時に、見える景色や考えることの量が大きく変わったことに驚きました。

プレイヤーでもキャプテンを務めた時はチーム全体を見ることが求められますが、コーチの場合はそれ以上なんだなということを痛感しました。

――スクールならではの難しさもあったのでしょうか。

私の場合、小学校の頃からチームに所属して「上手くなりたい」、「勝ちたい」という気持ちでサッカーをしていました。

一方でスクールには、どちらかというと習い事の一環として通われている方が多くいらっしゃいます。

一人ひとりのレベルやモチベーションがバラバラなので、チーム全体に同じように教えるということはできません。

そういったスクールのイメージがつかないまま入ったので、最初は戸惑う部分もありました。

理想は「これを教わった」と実感できる練習

――戸惑いもあったとのことですが、今では評判のコーチと聞いています。現在の指導方法についても教えてください。まず練習メニューはどのように作成されているのでしょうか。

フロンターレのスクールでは、1ヵ月ごとに『ゲーム』『運ぶ』『蹴る』『止める』という4つの中から全体のテーマを決めています。

そのテーマに沿っていれば、各コーチが自由にメニューを組んでいいというルールです。

なので、その月に「これを習得してもらいたい」という目標を決めて、最終週に到達できるような練習計画を立てています。

――練習メニューの作成やコーチングをする上で心がけていることはありますか?

メニューを作る時は、練習によって現場でどういうリアクションが起きるのかを事前に想定するようにしています。

特に子どもには思いもよらないことを言われることも少なくありません。

例えば、私が「ボールと距離を取ってね」と教えてみたら「何センチ?5センチぐらい?」といったような質問をされて動揺してしまったり(笑)。

全てを想定するのは難しいですが、50分~80分の限られた練習時間の中で内容の濃い指導をするためにも必要なことだと思っています。

コーチングに関しては私の課題でもあるのですが、1回の練習で「今日はこれを教わったな」という実感を持ってもらえるのが理想です。

そのために、ドリブルの練習でもただこなすのではなく、どこを気にして取り組むか意識してもらえるような教え方を目指しています。

――先ほど「スクールでは一人ひとりのレベルやモチベーションが違う」というお話がありました。その点が指導に影響を与えていることはありますか?

誰に対して何を教えるかは意識しています。

練習の内容をなかなか理解できない子に複数のことを教えてもパンクしてしまうので、シンプルなことを手短に伝えるように気を付けないといけません。

他には、会場やクラスによって1ヵ月ごとにMVPを選出しています。選ばれた子は全員の前で表彰とインタビューをするのですが、それを目標に頑張る子も多いです。

MVPはその月に練習を一生懸命頑張った子や大きな変化があった子を選んでいて、「率先して片付けをしてくれた」とか「話をよく聞いてくれた」というサッカー以外の部分も考慮します。

選出理由は表彰の時に説明するので、サッカーの技術だけではない価値観が育まれればいいなと期待しています。

――サッカー以外の部分も見てもらえたら、どんな子でも練習に通うのが楽しくなりそうですね。

でも、サッカーには勝ち負けが付き物です。スクールでは試合形式の練習もするので、負けてモチベーションが下がってしまう子も少なくありません。

そういった雰囲気を感じた時には、「次は勝って喜べるように頑張ろうね」と声をかけています。

逆に勝った子が負けた側を見下してしまうこともあるので、そういう子にも「一緒にサッカーをしてくれる相手がいるから試合ができるんだよ」ということを伝えることもあります。

――その他にコーチングをする上で心がけていることはありますか?

選抜やメンバーに選ばれたいから頑張るのも大事だけど、そこに至るまでに頑張ることと、選ばれてからどう行動していくかが大切だと思っています。

選ばれた先にどうレベルアップしていきたいかや、そこに向けて一つのステップに上がれたときに、満足せずに次のレベルアップを目指すようになってほしいと思っています。

選ばれたから満足するや、優勝したから終わりではなく、足りない部分ややりたいことを目指す選手になってほしいと思っています。

これは、サッカーの技術だけじゃなくて、生活のリズムや考え方にも同じことが言えると思っています。

他には片付けのところなどでも、片付け終わった子に、「あれ、まだ残ってるよ」とか「手伝ってあげて」と促しています。

気づかせるというのが大切で、「一人でやりたい」と言っていても、「大丈夫って言っているけど、持てなくないかな?手伝ってあげたら?」というと、子どもは手伝いあいます。

そういった環境を作っていきたいと思っています。

――いろいろなことを考えられながら指導をしていると思いますが、どのようにして実行に移しているんですか。

正直、思っていることとは裏腹に、無意識に言っちゃってること、出来ていないこともあります。

他のコーチに「なんていったか覚えてる?」と言われた時にハッとなる時もあります。今は指導の様子をスクール生に配信しているので、その映像を見返して、こういうこと笑っちゃうような意味わからないことを言ってる時もあります。

通常は、1日のスクールで2コマ以上あるので、それぞれに必ずメインとアシスタントにつきます。

自分がメインじゃなかった時には、もう一人のメインがやってるので、そこで学んでいます。

1日のスクールの中で、流れがある中でストーリーを持ちながら、逆算してメニューを作らなければいけません。

選手からコーチになったときに、教え方は教わったが、誰からも正解を教わって入ってきたわけじゃないし、それこそ最初は見てまねしてやってみるところが多かったです。

スクール以外でも、週に1回グラウンドにでてコーチング研修があり、長期休みの時にはクリニックもあります。

単発のサッカー教室とは違いますが、テーマごとにレベル分けてトレーニングを行うので、キーパーというポジションでプレーをしていた自分にとって、フィールドプレーを学ぶ良い機会となります。

また、先輩がやってることに対して、こういうこと気にしなくちゃいけないということも良く知る機会となり、学ぶ場となっています。

挫折の先にあるサッカーの楽しさを伝えたい

――ここまで平出さんのお話を聞いていると、淡々とサッカーだけを教えようとしているのではないように感じます。

全員が強い気持ちでスクールに通っているわけではないので、中には上手くできなかったり試合で負け続けたりして「やめたい」とお母さんの方に逃げちゃう子もいます。

私はそういう子にもそれで終わってほしくないんです。

挫折があったとしても、それを乗り越えてサッカーの楽しさを感じてほしいと思っています。

この先の学校生活でも勉強やスポーツで挫折することはあるかもしれないので、そんな時にサッカーで乗り越えた経験が活きてくれれば嬉しいです。

――私の子どももぜひ平出さんに預けたいと思いました(笑)。プレイヤー時代から今のような指導に対する考え方を持たれていたのでしょうか?

自分自身がプレイヤーの時は結果だけを追い求めていたので、負けることをよしとするのは逃げだと思っていたんです。

私は澤さんの『夢は見るものではなく、叶えるもの』という言葉を信じて、小さい頃からなでしこジャパンに入ることを夢見てきたので、コーチになると決めた時も最初はなかなか心の整理がつきませんでした。

ただ、振り返ると強く思い続けてサッカーをしてきたからこそ、人として成長できた部分がたくさんあったし、良い人たちにも巡り合えたということに気づいたんです。

今もサッカーに携わることはできているので、これから教える子どもたちにも大人になった時に、「サッカーを通じて成長できた」ということを感じてほしいなと思うようになりました。

――本日はありがとうございました。最後に平出さんが今後どのようなコーチを目指したいか教えてもらえますか?

今はスクールでサッカーの普及が目的の活動をしていますが、なでしこジャパンを目指しているようなユース年代の指導にも携わってみたいと思っています。

コーチとしての幅を広げる意味でも、勝ちにこだわっている選手に何を落とし込めるかというところに少しずつ挑戦していきたいです。

平出コーチ及び関係者の皆様インタビューへのご協力ありがとうございました。

その他コーチへのインタビューはこちら

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スポーツコーチ同士の学びの場『ダブル・ゴール・コーチングセッション』

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブではこれまで、長年スポーツコーチの学びの場を提供してきました。この中で、スポーツコーチ同士の対話が持つパワーを目の当たりにし、お互いに学び合うことの素晴らしさを経験しています。

答えの無いスポーツコーチの葛藤について、さまざまな対話を重ねながら現場に持ち帰るヒントを得られる場にしたいと考えています。

主なテーマとしては、子ども・選手の『勝利』と『人間的成長』の両立を目指したダブル・ゴール・コーチングをベースとしながら、さまざまな競技の指導者が集まり対話をしたいと考えています。

開催頻度は毎週開催しておりますので、ご興味がある方は下記ボタンから詳しい内容をチェックしてみてください。

ダブル・ゴール・コーチングに関する書籍

NPO法人スポーツコーチング・イニシアチブでは、子ども・選手の『勝利と人間的成長の両立』を目指したダブル・ゴールの実現に向けて日々活動しています。

このダブル・ゴールという考え方は、米NPO法人Positive Coaching Allianceが提唱しており、アメリカのユーススポーツのスタンダードそのものを変革したとされています。

このダブル・ゴールコーチングの書籍は、日本語で出版されている2冊の本があります。

エッセンシャル版書籍『ダブル・ゴール・コーチングの持つパワー』

序文 フィル・ジャクソン

第1章:コーチとして次の世代に引き継ぐもの

第2章:ダブル・ゴール・コーチ®

第3章:熟達達成のためのELMツリーを用いたコーチング

第4章:熟達達成のためのELMツリー実践ツールキット

第5章:スポーツ選手の感情タンク

第6章:感情タンク実践ツールキット

第7章:スポーツマンシップの先にあるもの:試合への敬意

第8章:試合への敬意の実践ツールキット

第9章:ダブル・ゴール・コーチのためのケーススタディ(10選)

第10章:コーチとして次の世代に引き継ぐものを再考する

本格版書籍『ダブル・ゴール・コーチ(東洋館出版社)』

元ラグビー日本代表主将、廣瀬俊朗氏絶賛! 。勝つことを目指しつつ、スポーツを通じて人生の教訓や健やかな人格形成のために必要なことを教えるために、何をどうすればよいのかを解説する。全米で絶賛されたユーススポーツコーチングの教科書、待望の邦訳!

子どもの頃に始めたスポーツ。大好きだったその競技を、親やコーチの厳しい指導に嫌気がさして辞めてしまう子がいる。あまりにも勝利を優先させるコーチの指導は、ときとして子どもにその競技そのものを嫌いにさせてしまうことがある。それはあまりにも悲しい出来事だ。

一方で、コーチの指導法一つで、スポーツだけでなく人生においても大きな糧になる素晴らしい体験もできる。本書はスポーツのみならず、人生の勝者を育てるためにはどうすればいいのかを詳述した本である。

ユーススポーツにおける課題に関する書籍『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』

バレーが嫌いだったけれど、バレーがなければ成長できなかった。だからこそスポーツを本気で変えたい。暴力暴言なしでも絶対強くなれる。「監督が怒ってはいけない大会」代表理事・益子直美)
ーーーーー
数えきれないほど叩かれました。
集合の際に呼ばれて、みんなの目の前で顔を。
血が出てたんですけれど、監督が殴るのは止まらなかった……
(ヒューマン・ライツ・ウォッチのアンケートから)

・殴る、はたく、蹴る、物でたたく
・過剰な食事の強要、水や食事の制限
・罰としての行き過ぎたトレーニング
・罰としての短髪、坊主頭
・上級生からの暴力·暴言
・性虐待
・暴言

暴力は、一種の指導方法として日本のスポーツ界に深く根付いている。
日本の悪しき危険な慣習をなくし、子どもの権利・安全・健康をまもる社会のしくみ・方法を、子どものスポーツ指導に関わる第一線の執筆陣が提案します。

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