日大アメフト問題から指導中に起こるコミュニケーション不足の解消する方法を考える
夏のインターハイや甲子園に注目が集まる中、同時に指導者の采配や在り方について議論される記事を目にする事が多くなりました。
近年このような議論をよく目にするようになったのは、「日大アメフト問題」で浮き彫りになった、旧体質の指導者と選手の関係による様々な弊害がきっかけでしょう。
日大アメフト部で起こったパワハラ問題ですが、多くの記事やニュースを通して見受けられたのは、両者の意見が食い違う様子です。
指導者は発破をかけるつもりでかけた言葉が選手にはそのように受け取られず、逆に萎縮させてしまっていた。
指示に従わなければポジションを得る事が出来ないと思い込んでしまった選手と、そんな意図はなかったと説明する指導者。
なぜ、このような食い違いが起こってしまったのか?
本記事では、選手と指導者の間で起こるコミュニケーション不足という観点から、 「日大アメフト問題」を考察していき、指導に関わるコミュニケーション 不足を解消する方法を紹介していきます。
目次
コミュニケーション 不足が起きるのは、意図が伝わったと一方的に思い込んでいる事が原因

コミュニケーション 不足が起こるのは「自分の伝えたいメッセージは伝わっているはず」、「選手の考えている事は理解出来ている」と思い込む事が引き金になる事が多いと考えられます。
現実には、選手が求めているアドバイスではない為に指導者が一方的に話しているだけになってしまっていて、その結果メッセージが伝わっていないことも多々あります。
また、選手が求めているサポートや関わり方と、指導者が思う選手が必要だと思っているであろうサポートや関わり方は、実は違っていることが多いのです。
Gouldら(2002)がオリンピックチームの指揮をとったコーチ65人に対して行った調査では、コーチ自身が考える「コーチが選手に影響を与える要素」として下記のことを挙げています。
- 妨害要素に対するプラン作り
- チームケミストリーと一体感
- 大観衆の中でのサポート
- 選手の自信
- フェアな選手選考
一方で、過去の調査研究を基に次の6つの項目を選手が考えるコーチから受ける影響として紹介しています。
- コーチングの変化
- 選手と信頼関係を築ける能力
- 危機的な状況に対応できる能力
- プレッシャー下でも落ち着いていられる能力
- フェアではっきりした決断能力
両者を比べてみると、オリンピックレベルの選手とコーチ間ではお互いが影響を与えていると考えている要素に違いがあるのが分かります。
指導者は自身の伝わっていると思い込んでいる一方で、選手は伝えたい事があるけど伝えられない、といった関係が日大アメフト部の中にも出来上がっていたのかもしれません。
選手が求めていない事をするのはパフォーマンスの低下につながる

指導者の一方的な思い込みで選手に接することは、選手のパフォーマンス低下を招く可能性が高くなってしまいます。
これは、コーチが選手の為を思って行っていた指導やサポートが、実は選手の求めていることと違う場合は、選手のパフォーマンス低下につながることが関係しています。
Jowettら(2005)は、コーチが選手の事を理解出来ていれば良好な関係を築ける上に選手のパフォーマンスにもポジティブな影響を与える事が出来ると説明しています。
それに対して、選手がコーチのことを信頼出来ないと関係の構築が出来ないことに加えて、選手のパフォーマンスにネガティブな影響を与えてしまうと説明しています。
指導者が一方的に決めつけてやり方を与えてしまう、選手の求めている事を指導者が選手から直接聞いて確認してない、といった指導者の一方的な関わり方がこのような違いを引き起こしている事が考えられます。
上記のオリンピックレベルの選手指導者間でも考え方にギャップがあることが予測されています。
同様に、先の日大アメフト問題でも、指導者が大きな力を持っている為に選手が指導者に対して萎縮してしまっている様子が説明されている報道が多く見受けられましたので、選手と指導者の間で意見の食い違いが起こっていたことが予想出来ます。
コミュニケーションが取りやすくするために「チームカルチャー」を見直す

どんなに有効なコミュニケーションのテクニックや方法を知っていたとしても、お互いに言いたいことが言いにくいカルチャー(雰囲気や仕組み)がチーム内にあっては、それらも活かせません。
日大アメフト部の例に見られるように、指導者がパワーを持ち一方通行のやり取りばかりが行われているようなチームカルチャーでは、そのチームの雰囲気に負けて自分の意見を伝えるのをためらってしまうものです。
指導者の意図がきちんと伝わりやすいだけでなく、選手の考えや意見を指導者が汲み取りやすいような雰囲気や枠組みを作ってみましょう。
ネガティブなチームカルチャー(チーム文化)がチームの一体感を損なう

日大アメフト部の問題が世の中を騒がす程の問題に発展してしまいましたが、その発端となった要因の一つとして、ネガティブなチームのカルチャーがチームの一体感を損なわせてしまった事が考えられます。
Cole とMartin(2018)の研究では、チームカルチャー(チーム文化)は、グループ内のメンバーが共有している価値観、と定義しています。
大切なのは、この「価値観」にはチームにとって有益な文化と悪影響を及ぼす文化の両方が含まれています。
加えて、この「チームカルチャー」には、活動中のチームカルチャー(フォーマルな文化)と、非活動中のチームカルチャー(インフォーマルな文化)の両方も含まれています。
ポジティブなチームカルチャーの例として、「チーム全員がディフェンスを何よりも頑張る」が挙げられます。
逆にネガティブなインフォーマルなカルチャーの例としては、「先輩からの呼び出しにはいかなる時でも必ず従う」などが考えられます。
選手や指導者が練習やチームでの行動中に迷った時には、この価値観(ポジティブとネガティブ含む)に従って行動を決定します。
つまり、チームカルチャーは「チームの行動指針」としても捉えることが出来ます。
また、ColeとMartinはネガティブなチームカルチャーがチームを崩壊させるとも述べていることから、チームを立て直す際にはこのチーム内にあるネガティブなチームカルチャーを洗い出して、ポジティブにすることで改善が見込めます。
日大アメフト部の問題も、これまで知らず知らずのうちにチーム内に満映してしまったネガティブなチームカルチャーが表面化してしまった結果によるものだと考えることも出来ます。
ポジティブなカルチャーがあってこそ、指導者と選手の双方向のコミュニケーションが取りやすくなる

指導者と選手が双方向でのコミュニケーションが取れるようにする為には、指導者から選手に話しかけたり質問したりするなどのアプローチを取り、選手が指導者に話しかけやすい状況を作ることが効果的な方法のひとつです。
具体的な取り組みとして、「アクティブリスニング」と呼ばれる方法を紹介します(Burton & Raedeke, 2008)。
アクティブリスニングのポイント

「積極的に聴く」という姿勢と意識を作り上げる
相手の話を聞いている最中にやりがちなのは、次に相手が言いそうな事を予測したり、話の途中で勝手に解釈をしてしまったりすることです。
まずは相手の話が終わるまでは相手の言いたい事を注意深く聴きましょう。
会話の節目に相づちを打つ
頷きながら「へぇ」、「なるほど」、「それで?」といった相づちを入れることは、相手の会話のテンポに影響します。
会話のテンポがよくなると、相手の言いたい事を引き出しやすくなります。
相手の話した内容を要約する
一通り相手が話した内容を聞いた後に「要するに・・・」、「つまり・・・」と要約した内容を伝えることで、相手に自分の理解度を示すことが出来ます。
概ね近い考えであれば、別の言い回しや角度で相手が更に言葉を足してくれます。
また不足している内容があればそれも補ってくれるので会話が続いていきます。
相手の話した内容の意味や自分の理解が正しいかを確認する質問をする
「相手の話の要約」は肯定的に相手に自分の理解を伝えるのに対して、こちらは自分の理解が正しいか解釈を伝えて相手に質問します。
要約した内容の確認と同様に相手が言葉を加えてくれるので、相手の意図を的確に捉えるのに役立ちます。
このようなアクティブリスニングのアイディアを使い続けていくことで、次第に指導者からの一方通行だったチームカルチャーが選手と指導者の双方向のコミュニケーション を取るチームカルチャーへと変わっていきます。
また、上記のポイントを身につけるにはある程度の練習や繰り返し会話の中で意識的に使うことが欠かせません。
指導現場に入って選手と関わる前に「今日は相づちを打ちながら選手が話し切るまで話を聴こう」と具体的にやる事を決めましょう。
その取り組みを思い出せるキーワードを指導ノートに書いておいたり、自分のデスクにポストイットで貼っておいて、いつでも思い出せるようにしておくと、スキルとして自分の身につくのも早くなるでしょう。
チームのカルチャー作りも、アクティブリスニングの技術を身につけるにも、スポーツのスキル練習同様に「繰り返し」で定着していきます。
まとめ
先の日大アメフト部の問題の原因と考えられる物の一つが、旧体質の指導方法による一方的なコミュニケーション によって生まれたお互いの意図の行き違いや思い込みです。
その行き違いや思い込みによって、選手が求めてないアプローチをしてしまい、選手のパフォーマンス低下や信頼関係の構築が出来ないような状況につながってしまいます。
また、一方的なコミュニケーション や選手と指導者の関係を改善する為には、一度チームカルチャーを見直して双方向のやり取りが可能になる雰囲気や仕組みを作り直すことが求められます。
その方法の一つとして、指導者がアクティブリスニングの方法を活用し続けて選手が指導者に話を求めやすい雰囲気や仕組みを作ることが効果的な方法のひとつです。
旧体質の一方的な指導法を改善していくのは様々な要素が複雑に絡み合っていて、解決するのが難しいケースも多々あるでしょう。
また、チーム状況によっては今回ご紹介した内容が当てはまらないかもしれません。
ですが、今回ご紹介した方法が多くの指導に悩む方に少しでも役に立ち、選手・指導者共に成長する楽しさを分かち合えるようなスポーツ環境を生み出す一助になることを願って止みません。
参考文献
Burton, D., & Raedeke, T. D. (2008). Communication. In D. Burton & T. D. Raedeke (Eds.), Sport psychology for coaches (pp. 15–33): Human Kinetics.
Cole, J., & Martin, A. J. (2018). Developing a winning sport team culture: Organizational culture in theory and practice. Sport in Society, 21(8), 1204–1222.
Gould, D., Guinan, D., Greenleaf, C., & Chung, Y. (2002). A survey of US Olympic coaches: Variables perceived to have influenced athlete performances and coach effectiveness. The Sport Psychologist, 16(3), 229–250.
Jowett, S. J., Paull, G., Pensgaard, A. M., Hoegmo, P. M., & Riise, H. (2005). Coach-athlete relationship. In J. Taylor & G. Wilson (Eds.), Applying sport psychology (pp. 153–170): Human Kinetics.
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